meat/nice【身近な単語の意外な歴史】

1 meat=肉?

meatという単語は、外来語ではなく元々英語にあったとされています。

英語の辞書の中でも最良とされるOxford English Dictionary (web版)で調べてもそうなっています。

このOED (Oxford English Dictionary)という辞書は本当に便利で、英単語を調べると、最も古い意味が見だしの一番上に出てきます。そこから順に現在使われている意味まで掲載されています。つまり、ある単語の意味変化を一望できるわけですね。

そんなOEDによると、meatの最も古い意味は “food” であり、飲み物ではない固形の食べ物全般を指していたようです。

なので、sweet meat といった例も実際に存在します。これは「甘い肉」ではなく「甘い食べ物」という意味でしょう。

OEDに掲載されているmeatの初出の用例はBedeという8世紀くらいに生きていた聖職者の作です。

Bedeが書いたものは、僕の記憶が正しければ、記録が残っているうちでは、英語の中でも最古の部類に入ります。

そのような文献にも普通に出てくるような単語なので、meatという単語は外来語ではなく英語に元からあったと考えられています。

meatが英語に元からあった単語であるという他の証拠は、他のゲルマン語にも同じ語源の単語 (cognateと呼ぶ)が確認されているからです。

英語は現在のドイツ語を筆頭とするゲルマン語族の一派です。ゲルマン祖語と呼ばれる記録が残っていない言語から分岐してできた言語群を専門家はゲルマン語族と呼んでいます。

ゲルマン語軸はさらに西ゲルマン語族、北ゲルマン語族、東ゲルマン語族に分岐しています。

西ゲルマン語族は現在のドイツ語、オランダ語、デンマーク語、そして英語などが属するグループです。

北ゲルマン語族は現在のノルウェー語、スウェーデン語、そしてアイスランド語などが属しています。

東ゲルマン語族に属する言語はゴート語という、現在は母語話者が0人になってしまった死語のみです。なので、これを語族と呼んでよいのかはかなり微妙です。

英語が西ゲルマン語族に属するということは、これら上に挙げた言語たちと英語は、言わば兄弟(もしくは姉妹)の関係にあります。

ゲルマン祖語の話者が、長い年月をかけて民族離散を繰り返しながら移住してきた結果できた言語群がゲルマン語族だと考えてかましません。

方言差を発達させた結果、これらの言語は互いに外国語の関係になってしまったのです。

そんなゲルマン語族の(ほぼ)全ての言語でmeatに対応する言語が確認されているので、meatはそもそもゲルマン祖語にあった単語だと考えられています。

ゆえに、meatという単語が英語に元から存在したと言えるのです。

因みに、古英語の最初期から存在する英単語のほぼ全ては、こうした英語本来語と呼ばれるものです。外来語ではないという意味で本来語という用語が使われています。

ただし、こうした英語本来語は、現在の英語のボキャブラリーの内の3割くらいしか占めていません。それだけ英語という言語が借用(外来語を取り入れること)をやってきたという証拠でしょう。

話はmeatに戻ります。「(食用としての)肉」の意味が出てきたのはだいぶ後の時代で、OEDによると1250年ごろにこの意味での初出例が見つかるそうです。

meatという単語そのものの初出はOEDによるとBedeのBede’s Ecclesiastical Historyという、西暦950年以前に書かれた本なので、「肉」という意味が出てくるまでに300年くらいかかったようです。

このように、より一般的な意味を指していたある単語が、意味変化によって指し示す意味が狭くなる現象は世界の言語で良く知られています。専門用語ではnarrowing(狭くなること)とそのまんまの呼ばれ方をしています。

なぜmeatがこのように指す意味を狭めてしまったのか、僕にははっきりとした理由が分かりません。

当初は、foodという同じ意味を指す単語と競合したためだと考えていましたが、OEDによるとfoodもゲルマン祖語からあった単語らしいのです。ちなみにfeed(食べさせる)と同語源とのこと。

結論、理由は良く分かりませんが、英単語 meat は元々「食べ物一般」を指していたものの、13世紀くらいからその指す意味を「肉」に狭めた。

2  niceの元の意味は「馬鹿」

英単語の意味変化の話になるとほぼ確実に出てくるのが nice (良い)です。

今でこそいい意味で使われているこの単語ですが、OEDによると nice の初期の意味は「馬鹿な、単純な、無知な」です。

元々はフランス語の単語を借用してできた単語で、英語での初出は西暦1300年くらいにさかのぼります。このころは中英語期と呼ばれ、フランス語を話す人たちがイングランドの政治を握っていたので、英語はたくさんのフランス語を取り入れました。(このあたりのことはOtto Jespersenの Growth and Structure of the English Languageが詳しい。邦訳『英語の成長と構造』もある。)

そうして英語に取り入れられた単語の一つが上述の nice です。

14世紀は上述のように「馬鹿な、無知な」という意味を持っていたこの単語は、次に「喜ばせるのが難しい」という、なんだか気難しそうな意味を発達させました。

さらに「あることに凝る、あることに気を付ける」という、これまた気難しそうな意味を発達させ、それが、文化面で凝っている⇒「気品のある」へと変化しました。ここから現在の意味「良い」になるのはさすがに誰でも分かりそうです。

英単語 nice の意味変化は、一つ一つ丁寧に追っていけば理解できる類のものですが、結果だけを見ると、ネガティブだった当初の意味と逆転してしまっています。nice のように意味がよくなったパターンを専門用語でameliolation (意味の良化)と呼びます。

察しのいい人は気づいたかもしれませんが、意味の良化があるくらいなら意味の悪化もあるはずです。その通りで、意味の悪化は専門用語でdeterioration と呼ばれています。しかし、あまり長くなるといけないのでここでは扱いません

References)

Jespersen, O. (1982) Growth and Structure of the English Language. 9th edition. Blackwell. [ 米倉 綽 訳『英語の成長と構造』]

Kay, Christian and Allan, Kathryn (2015) English Historical Semantics. Edinburgh University Press.

Oxford English Dictionary. https://www.oed.com/

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。