1,英語の始まり
英語という言語は、アングロ人、サクソン人、ジュート人と呼ばれるゲルマン系の民族が話す言語から生まれた。
彼らが現在のオランダやデンマークにあたる地域からブリテン島にやってきて、島を制圧した。これが英語の始まりである。5世紀半ばのことだとされている。
最も、アングロサクソン人がやってくる以前にもブリテン島には人が住んでいた。
ケルト系の民族だったと言われている。
彼らはアングロサクソン人が来るずっと以前(1000年以上)からブリテン島に居住していた。
西暦50年くらいにローマ帝国に侵略され、ブリテン島にはローマ帝国風の道路が建設されたり、Bathに温泉が建設されたりした(これがbathの語源)。
しかし、こうした治世は長くは続かなかった。
ゲルマン人の移動によってローマそのものが危なくなるとローマ帝国の兵士はブリテン島から撤退してしまう。
残されたケルト人だけでは、外的からブリテン島を守り切ることはできなかった。
結果として、ゲルマン民族の一派であるアングロ人、サクソン人、ジュート人にブリテン島は征服されてしまう。
ケルト人の王国も確かにあったのだが、潰されてしまった。
先住民族のケルト人は、山脈ばかりで防御に適した地形であるスコットランドやウェールズ、さらにはコーンウォールといった「辺境」のちに追いやられてしまう。
現在のイングランドを占領したアングロサクソン人であったが、彼らは元から方言差を持っていた。
その方言差を維持しながら、大まかにイングランドの北部、中部、南部に移住し、王国を建設した。
7つの王国が特に強かったので、アングロサクソン7王国やヘプターキーと呼ばれている。
googleで検索すれば地図が出てくると思う。
時代によってどの王国が覇権を握るかは変わってくるが、南西部のWessexが概して最強だったとされている。
Wessexのアルフレッド大王が学問振興でラテン語の文章を古英語に翻訳することを奨励してくれたおかげで、現在でも利用可能な古英語の資料が生まれたのだ。
古英語とは、実はバラバラの方言の寄せ集めで、200あまりのテキストしか残っていないので、言語と呼ぶにはいささか貧弱すぎる。
しかし、一般的に古英語(5世紀~ノルマン征服までの英語)と言うとき、このWessex方言を指している。
実は、Wessex方言は現代英語のルーツではないのだ。中部方言のMerciaやEssexがのちの標準英語に発展したと言われている。
ただし、Mercia方言などはアルフレッド大王のような学問を大切にする王に恵まれなかったので、Wessexと違い資料がほとんど残っていない。
だからこそ、現代英語のルーツは謎なのである。
2,デーン人の侵攻
デーン人とは、ヴァイキングのことである。ノルウェーやデンマーク出身である彼らは、船で移動してきてイングランド等の海岸を荒らしたとされている。
それだけなら歴史的に大して重要ではないが、大挙してきたデーン人がブリテン島に居住を始める。
もちろん戦争騒ぎになるのだが、イングランド川が負けることが多く、Wessexのアルフレッド大王が勝利を収めたくらいであった。
その結果、デーンロー(Dane Law)という地域ができる。
これもgoogle で検索すれば出てくるはずだが、デーン人との交渉の結果、イングランド北部が丸々デーン人の領地になってしまった。
国土の北半分で、デーン人の法律が適用されたのである。だからこそDane Law(デーン人+法律)なのである。
9世紀半ばの出来事で、ここまでデーン人が居住区を広げてしまうと、英語にも大きな影響が出てきた。
古英語はゲルマン語の一派で、デーン人の言語はスカンジナビア半島の物で、こちらも北ゲルマン語と呼ばれるゲルマン語の一派だった。
だからこそ、相互に意思の疎通ができてしまったのである。
そこで当然デーン人の言語の単語が英語に大量に入ってくることになる。
さらに、語尾が削れてきた。
古英語は元々活用語尾を豊富に持っており、語順の自由度の高い言語だったが、活用語尾が微妙に違うデーン人との意思の疎通に使われすぎてしまうと、自ずと語尾が削れてきて、語順の固定化が始まった。
このころから、緩やかに現在のSVO型の言語への固定化が見られる。
さらに、よほど古英語話者とデーン人とのつながりが強かったのか、古英語はthayなどの文法機能語まで借用している。
デーン人は侵略者というより、古英語話者の「隣人」だったのかもしれない。
3,古英語はどのような言語だったのか
古英語は、ゲルマン祖語という現在のドイツ語、オランダ語、ノルウェー語等の元になった言語からできたとされている。
もっと言えば、このゲルマン祖語という言語がインド・ヨーロッパ祖語という究極のルーツからできたとされている。
よって、古英語はインド・ヨーロッパ祖語的な特徴と現代英語的な特徴を持つ、両者の中間点のような性質を持っていた。
インド・ヨーロッパ祖語の特徴は何と言っても名詞や動詞の活用(屈折語尾)の豊かさである。
名詞は8つの格で文中での意味や役割を表現したとされる。
動詞も人称と数だけでなく、時制、態(能動態、受動態の態)、法(直説法、命令法、叙想法、祈願法)に応じて語尾を活用させていたとされる。
古英語はこのような複雑な屈折をある程度受け継いでいる。
例えば、古英語の名詞stan「石」は以下のような変化形を持っていた。
stan「石」 | 単数 | 複数 |
主格 | stan | stanas |
属格 | stanes | stana |
与格 | stane | stanum |
対格 | stan | stanas |
現代英語ではなくなってしまった与格と対格の区別がまだ存在する。対格は現代英語の直接目的語にあたる。与格は現代英語の間接目的語にあたる。
現代英語では、I gave Tom the guitar.と言うとき、Tom とthe guitarの文中での意味は語順で判断できる。しかし古英語の時代は、語尾で判断できたのだ。
(それよりもっと昔のインド・ヨーロッパ祖語の時代は、現在では前置詞を使って表現する場所や道具などの概念もこうした語尾の活用で表現していた)
ということは、古英語はインド・ヨーロッパ祖語よりも前置詞を使った表現を持っていたが、それでも、主語や目的語等の役割を語尾の活用で表現する語順の自由度の高い言語であったのだ。
ただし、スカンジナビア半島から来たデーン人によって事情が変わってしまう。
言語的にかなり近いが微妙に違う彼らの言語がブリテン島に流入してしまったため、これまで名詞の語尾変化(活用)によって表現していた与格や対格等の区別がつきにくくなる。
そこで起こってくるのが語尾の消失と語順の固定化である。
スカンジナビア半島の言語は古英語とかなり近かったため、お互いの言語の語尾が少し違う程度の差だったのかもしれない。
なので、語尾変化を落とし、これまで語尾が担っていた役割を語順に担わせれば、古英語の話者とデーン人とでコミュニケーションが成り立ったのであろう。
そうして英語は一層現代的な語尾変化がほとんどなく、語順で意味を示すタイプの言語に変わってきた。
古英語の動詞は、研究したことがないので良く分からないが(無責任発言)、過去と非過去を区別していたはずである。
現代英語のような現在完了形は現在進行形はまだ発達の途上にあった。
過去形の作り方が面白く、ウムラウト(母音交替)という方法で過去形を作る強変化動詞というものが多かった。
ウムラウトは全部で7種類あるが、ここでは1種類のみ紹介しよう。
現在 | 過去 | 複数 | 過去分詞 | |
drifan ‘drive’ | drifþ | draf | drifon | drifen |
このように母音の音色を変えることにより現在、過去、過去分詞をつくっていたのだ。
現代英語のdrive, drove, drivenの起源はここにある。
逆に、このような母音の変化に頼らないで過去形、過去分詞系を作る動詞も存在した。そのような動詞は弱変化動詞と呼ばれ、元々は名詞だったが、語尾にdoに由来する接尾辞をつけて動詞になったものが多かった。
日本語でも、称賛(名詞)⇒称賛する(動詞)というように、名詞の語尾に「~する」をつけて動詞を作ることができる。これと似たメカニズムが古英語にも存在したのだ
この接辞の部分をdidの感じで変化させると、playedのような-ed過去形ができる。
古英語の動詞の内75%ほどがこの弱変化動詞だったと言われている。
この弱変化というシステムはゲルマン祖語のころに生まれたと言われており、それ以来新しく動詞を作るときは専らこの弱変化動詞になった。
日本語でもそうかもしれないが、新しく動詞を作る際は、名詞から作ることが多い。例)google(名詞)⇒google+る⇒ググる(動詞)
こういったことは古英語にも言えて、
dom 「裁き」+jan(動詞語尾)⇒deman「裁く」
dranc「(過去)飲んだ」+jan(動詞語尾)⇒drencan「水を抜く(drenchの語源)」
このように動詞語尾-janをつけると、j(やいゆえよ「い」の音)の働きで、直前の母音の発音位置が上に引きずられてしまう。
これをウムラウトと呼ぶ。
日本語でも「しょうもない(shoumonai)」⇒「しょうもねえ(shoumonee)」に音が変化する。
これは、/i/や/j/という発音が、口先の上部分という、口の中でも、極端に前かつ上の部分で調音されているからこそ起こる現象である。直前の母音の調音位置が上にずれるのだ。要するに/i/の直前の母音の音色が変わる。
さらに、この発音変化を引き起こした張本人である/i/も、変化を引き起こした後消えるか別の母音に変わってしまうので、言語学者は長らくこういった発音の変化の原因が分からなかった。
読者の中には、sitとsetや、riseとraise、さらにはfallとfellに意味や音の関係性があると見抜いていた人はいないだろうか、実は、setやraise等、「~の状態を引き起こす」系の意味を持つ方は、元々の動詞に弱変化動詞語尾をつけて作られた新たな動詞なのである。元の動詞がfallなら、cause to fallという意味の新しい動詞を古英語期に作っていたのだ。
弱変化動詞語尾-janをつけてこうした新しい動詞を作った結果、ウムラウトが起きて元々あった母音の音色が変わってしまった。「ァ」から「エ」の音変化がウムラウトの証拠である。日本語の「しょうもない(shoumonai)」⇒「しょうもねえ(shoumonee)」と同じ音変化である。
4,過去現在動詞(preterit-present)
難しい名前がついているが、要するに現代英語の助動詞(canとかmay等)の由来である。
こうした動詞は、元々普通の強変化動詞(strong verb)であった。しかし、これらの動詞の過去形が現在の意味で使われるようになってしまった。
その結果、新たな過去形を無理やり作った動詞である。
不定形 | 現在 | 過去 | |
may | magan | mæg/ magan | meahte |
can | cunnan | can/cunnon | cuðe |
shall | sculan | sceal/ sculon | sceolde |
現在形が二つあることに注意。片方は元々過去として使われていたものを現在で使っているのである。
新しくできた過去形がmightやcould, shouldのルーツである。
preterit(過去類)をpresent(現在)として使っているからこそ、preterit present(過去現在動詞)という用語が生まれたのである。
形だけでなく、意味の面でもこれらの動詞は大きく変化したとされている。
mayは元々物理的な「力」を意味したが、だんだん「許可(話し手の力)」や「可能性(物事が起こる力)」を表すようになった。
canは元々「知っている」という意味で、目的語に動詞を取った。例えば、I can the book.だったら、私はその本を知っている、といった感じであった。
次第に目的語に動詞の不定詞を取るようになって、「~のやり方を知っている」⇒「~ができる」という「能力」の意味になった。
5,非人称構文(impersonal)
これは、現代英語だけを勉強した我々にとって、かなり不思議な構文(動詞?)である。
言語学的に動詞とその参与者(主語や目的語等)を綿密に考察すると、現代英語で同じ主語として働いている要素でも、意味役割が違っているものがある。
例えば、
I moved the desk.
I cleaned the room.
の2文を考察してみよう。どちらも主語はIであり、行為者(agent)である。この人が動作を引き起こし、そしてその動作を行ったのである。
机を動かしたのは主語の位置に来ているI「私」であるし、部屋を掃除したのは、やはり主語の位置に来ているI「私」である。
また、行為を受けたほうは、目的語の位置にあるthe deskやthe roomである。行為の対象はtheme(patient)と呼ばれている。
ゆえに、moveやclean「掃除する」という動詞を見た瞬間、やったのは主語であり、やられたのは目的語だと分かる。
さて、以下の文はどうであろう。
He was thirsty.
I like to read.
heが何か働きかけて「のどが渇いた」わけではなく、主語heはある感情の経験者(experiencer)に過ぎない。
また、I like to readでも、主語Iが何か意識的に動作を始めて、意識的に動作を終えることができず、この場合も主語は単なる感情の経験者(experiencer)である。
さて、ここからが面白いのだが、古英語の時代は、こうしたexperiencer(経験者)を主語の位置に置こうとすると、変わった現象が起こったのだ。
Him (dat.) þyrstede.
はい、見ての通り、him thirstiedの形になります。つまり、himは主格(nominative)になれません。datとはdative「与格」の略です。つまり、現代英語の目的格です。
続いて、
me (dat. ) lyst rædan.
現代英語グロス、Me likes to read. はい、やはり文頭のmeは主格ich(現代英語のIに当たる)になれません。「私にとって読書が好き」みたいな形になります。
主語に主格ではなく目的格が来るこの形は、非人称構文(impersonal)と呼ばれている。
近代英語(15~19世紀)の時期に「非論理的」だとして駆逐されてしまったが、methinksという表現が今でも化石のように残っている。
非人称構文は、主格(heやI等)を主語にとる I like to read.やi think of the movie.等に置き換えられてしまった。
スペイン語などでは今でも似たような形があるらしい。
参考文献and さらなる読書案内)
Brinton, L. J and Arnovick L. K. (2017) The English Language – A linguistic History, Oxford; Oxford University Press.
Fennell, B. A. (2001) A History of English – A Sociolinguistic Approach, Oxford: Blackwell.
家入葉子(2007)『ベーシック英語史』ひつじ書房
寺澤一友(2011)『英語のルーツ』春風社