VP Internal Subject Hypothesis (VP内主語仮説)【生成文法家の考え】

VP Internal Subject Hypothesis (VP内主語仮説)【生成文法家の考え】

1)θ-role

Chomsky (2006)曰く、人間の言語機能とは、Mergeである。

人間の脳にはMergeという機能が備わっているので、helpとyouを組み合わせて[ help you ]と言うことができる。さらに、こうしてできた[ help you ]をwillと組み合わせて、[ will help you ]と言える。さらに、こうしてできた[ will help you ]をIと組み合わせて、[ I will help you ]という文を作ることができる。

さて、今回は動詞break 「~を壊す」を使って文を組み立ててみることにしよう。人間の脳内にはMergeする機能が備わっているので、break と[the window]を組み合わせて、[ break the window ]と言うことができる。(因みに、[the window]も、theとwindowをMergeして作ったものである。)

こうしてできた[ break the window ]というフレーズを眺めていると、the windowが壊された対象であることに気が付く。[ the window ]が、break 「~を壊す」という動作の対象(被害者?)と解釈されるのはなぜだろうか。

ここで、いくつか例を見てみたい。

I will [ break the window.]

You will [ break his toy. ]

He will [ break his arm.]

上の例のいずれも、break のすぐ後ろのイタリック体の部分がbreakという動作の対象(被害者?) として解釈される。上の例の[   ]で囲まれた部分はいずれも、breakと[ his toy ]をMergeして[ break his toy]というフレーズを作る、といったように、動詞breakと直接Mergeして作られている。

ということは、breakと直接Mergeする要素は全て「壊される対象」として解釈されるのだ。つまり動詞breakは、自身がMergeする要素に、「壊される対象」、もっと言うと「ある動作が及ぼす影響を受ける物」という解釈の仕方を与えていることになる。

このような「ある動作が及ぼす影響を受ける物」といった解釈の仕方は、意味役割(semantic role, theta role, θ-role)の一種だと言われている。

Theta role (semantic role, θ-role)とは、ある要素(特に名詞や副詞)が文中でどういう役割を持つか言い表した概念である。いくつもあってややこしいので全てを解説することはしないが、いくつか紹介したい。

THEME (テーマ・被害者):ある動作の影響を受ける物。He killed Mary. のMaryが典型例。

AGENT (行為者):ある行為を引き起こすもの。Tom killed her. のTomが典型例。

EXPERIENCER (経験者):ある心理的状態を経験するもの:Nancy likes beer. のNancy等

がこれに当たる。

さて、breakと[ the window ]をMergeさせるとき、動詞breakが[the window]にTHEME (テーマ・被害者)としての意味役割を与える。BreakがMergeするものは、比喩的な特殊な用法を除き全てこのTHEME(テーマ・被害者)という意味役割が与えられるため、もし文を読んでいて、[ break the mcklNVkdhavknkj] という表現にであっても、[the mcklNVkdhavknkj]が壊される対象・被害者だと分かる。

[ break the toy ]

[break his leg ]

でも、breakとMergeする要素(要するにbreakのすぐ後ろ)は必ずTHEME(テーマ・被害者)である。

2)奇妙な現象

I broke [ the window.]

He broke [ his toy.]

She broke [ her leg.]

上の例では、breakとMergeする要素、要するに[   ]で囲まれた部分はどれもTHEME(テーマ・被害者)である。その理由は、breakが自身とMergeする対象にTHEMEという意味役割を与えているからだ。

さて、この調子で、主語の意味役割も考察してみよう。I broke the windowにおける主語Iは、「ある行為を引き起こすもの」なので、AGENT(行為者)として解釈するのが妥当である。また、He broke his toyにおける主語heも「ある行為を引き起こすもの」なのでAGENT(行為者)である。しかし、She broke her leg 「彼女は足の骨を折った」における主語sheはどうだろうか。これは行為者なのだろうか。かなり微妙ではあるが、おそらく行為者ではなく、EXPERIENCER(経験者)であろう。自分に意志で足の骨を折ったのではなく、転んで折ったのかもしれない。とにかく、自分から進んで足の骨を折るという状況が奇異である。

ということは、breakという動詞が使われたからといって、即座に主語の意味役割が決まるわけではなさそうだ。

では、breakの主語の意味役割はどのようにして決定されているのだろうか。

3)VP Internal Hypothesis (VP内主語仮説)

まず、冠詞the と名詞windowをMergeし、[ the window ]を作る。こうしてできた[ the window ]と、動詞breakをMergeさせ、[ break the window ]を作る。この時、動詞breakは、自身とMergeする[ the window ]にTHEME(テーマ・被害者)という意味役割を与える。だから我々は、[ break the window ]と聞いた瞬間に、the window が「壊された対象・被害者」であると分かるのである。

こうしてできた[ break the window ]を、固有名詞TomとMergeさせる。すると、[ Tom break the window ]というフレーズが得られる。この時、TomとMergeする[break the window ]全体が、TomにAgent(行為者)という意味役割を与える。だからこそ、[

Tom break the window ]と聞くと、我々は、Tomが行為を引き起こした張本人だと解釈する。

さて、こうしてできた[ Tom break the window ]であるが、このフレーズには時制がない。Breaksというように、3人称単数形現在のsがついているわけでもなく、未来時制willがついているわけでもない。さらに、brokeというように、過去形になっているわけでもない。このフレーズには時制が無いのだ。抽象的に行為を述べているだけで、それがいつ行われたのか、もしくは、いつ行われる予定なのか、さらには、それが習慣的になされる行為なのか、一切の言及がない。

このフレーズに時制をつけてみたい。

例えば、未来を表す助動詞willを使いたい。この場合、助動詞willと[Tom break the window]をMergeさせ、[ will Tom break the window ]というフレーズを作る。一見奇異なように見えるこのフレーズも、実は生成文法的には大丈夫なフレーズなのだ。

さて、時制をつかさどる助動詞willは、「specifier(指定部)を義務的に要求する」EPP featureを持っていると考えられている。急に話が専門的になったが、要するに、willは「自分の直前に主語を置く」という指令のようなものを出しているのである。

この要求に応えるために、移動(movement)と呼ばれる現象が起こる。これまでに作った[ will Tom break the window ]というフレーズから、Tomを抜き出してくるのだ。Tomを抜き出すと、元々Tomがあった位置にTomの抜け殻のようなものが残ると考えられている。専門的にはTomのコピーが残ると考えられているのだが、抜け殻というイメージで大丈夫だ。Tomを取り出すと、[ will Tom break the window ]が誕生する。横線の部分は中身が抜かれた抜け殻だと考えてほしい。ここで、取り出したTomと[ will Tom break the window ]をMergeさせ、[ Tom will Tom break the window ]というフレーズが出来上がる。

横線を引かれた抜け殻(厳密にはコピー)の部分は、発音されない。よって、発音すると、Tom will break the window. になる。

次に、現在完了時制Tom has broken the windowを作りたい。[ Tom break the window ]と、hasをMerge させ、[ has Tom break the window ]ができる。またもや時制をつかさどるhasは「自分の前に主語を要求する」というEPP featureを持つので、それに応えなければならない。

そこで、これまで作った[ has Tom break the window ]から、Tomを取り出す。すると、元々Tomがあった位置にTomの抜け殻が残る。学問的にはTomのコピーが残るというのだが、セミの抜け殻みたいなものが残るイメージで大丈夫だ。よって、[ has Tom break the window ]からTomを取り出すと、[ has Tom break the window] になる。横線は中身を抜かれた抜け殻だと考えてほしい。

こうしてできた[ has Tom break the window]と、取り出してきたTomをMergeして、[ Tom has Tom break the window]ができる。発音する時には抜け殻の部分は読み上げられないので、Tom has broken the windowになる。Breakがbrokenになるのは、おそらく、hasの後ろに来たら過去分詞(past participle )で発音するというルールを作ればかわすことができる。

このようにして時制をつけるのだ。過去形の-edと3人称現在形単数の-sの場合もwillやhasと同じ位置に出てきて、発音される時動詞の位置まで下りてくると考えれば処理できる。

まとめると、動詞breakが[the window ]とMergeして[ break the window]を作る。この時、動詞breakは自身とMergeする[the window ]にTHEME(テーマ・被害者)という意味役割を与える。こうしてできた[ break the window ]を主語TomとMergeさせることで[ Tom break the window ]を作る。この時、[break the window]というフレーズ全体が、主語Tomの意味役割にAGENT(行為者)という意味役割を与える。こうしてできたフレーズは、動詞breakが主要部(head)、the windowがその補部(complement)、そして主語Tomが指定部(specifier)となる動詞句である。 

 この動詞句(Verve Phrase/ VP)[ Tom break the window ]に、時制を表すwill やhas、さらには-ed等をMergeし、時制を表すわけだが、こうした時制要素(Tense/ T)をMergeした瞬間にVP[ Tom break the window ]は、T-bar[ will Tom break the window ]という、will等時制要素(T)を主要部とするフレーズに変わってしまう。昔はTPの指定部に直接主語TomがMergeされていると考えられていたが、VP内部から移動してTPの指定部に着地しているという考えが受け入れられるようになった。このように、VP内に主語があり、それが移動してきてTPの指定部(要するにwillやhas等の直前)に着地するという仮説を、VP Internal Subject Hypothesisと呼ぶ。

4)VP Internal Subject Hypothesisを支持する現象

VP Internal Subject Hypothesisでは、[ Tom break the window]のように、VP内部に主語Tomがあり、それが移動の結果、時制成分であるwill等の前にきて、TP[Tom will Tom break the window]となるという仮説である。VP[ Tom break the window ]内部で主語が意味役割をもらって、その意味役割を保ったまま時制成分の前にまで移動してくるので、どんな時制成分を使おうが主語の意味役割は変わらないはずである。よって、下の例のように、

Tom broke the window.

Tom has broken the window.

Tom had broken the window.

Tom is breaking the window.

Tom will break the window. 

Tom will be breaking the window

Tom will have broken the window by now.

思いつく限りの時制を用いても主語の意味役割は変わらない。全ての文で主語がAGENT(行為者)として解釈される。要するに、上のすべての例でHeが自分の意思で行為を始めたと解釈される。

どんな時制成分(Tense/ T)をMergeしても結果は変わらないので、時制成分Tは、主語の意味役割に一切影響を及ぼしていないことになる。となると、VP [Tom break the window ]内部に既に主語が存在しており、その主語は、V-bar [break the window ]とMerge した瞬間にAGENTという意味役割が与えられ、それを保ったまま、TP[ Tom will Tom break the window ]におけるwillの前にまで移動してくると考えるのが妥当だ。

因みに、breakとhis armをMergeすると、[ break his arm]になり、やはりhis armは、動詞breakから意味役割THEME(テーマ・被害者)をもらう。だが、[ break his arm]とTomをMergeして[ Tom break his arm ]を作ると、今度は[ break his arm]全体が主語Tomに意味役割EXPERIENCER(感情、痛みなどの経験者)という意味役割を与える。

そして、この動詞句(VP)[ Tom break his arm ]にどんなT(時制)をつけても、主語の意味役割は変わらない。WillとMergeして、[ will Tom break his arm ]にして、Tomをwillの前まで引っ張り上げてきても、やはりTP [ Tom will Tom break his arm ]において、主語の意味役割は変わらずEXPERIENCER(経験者)だ。どんな時制を使ってもこれは変わらない。

5)さらなる証拠 floating quantifier

[They all ] have broken the window.

強調の意味で、theyなどの名詞と共にallを使うことがある。上の例のallの使い方がその一例である。[they all ]で一つのフレーズだと考えてよい。無理やり訳せば「彼ら全員」であるが、あくまで強調なのでそこまでこだわる必要もない。

こういった使われ方をするallには、興味深い性質がある。

They all have broken the window.

They have all broken the window.

They all will break the window.

They will all break the window.

Allがtheyの直後になくても良いのだ。ただ、allをどこに置いても良いわけではない。上の文のような位置しか許されない。これらの位置には、何か共通点があるのだろうか。

では、具体的にthey all have broken the window という文を作って確かめてみようではないか。

動詞breakとthe windowをMergeして[ break the window ]を作る。この時、動詞breakはthe windowにTHEMEという意味役割を与える。さらに、あらかじめ作っておいた[ they all ]と先ほど作った[ break the window ]をMergeして、[ they all break the window ]を作る。

こうしてできたVP(動詞句)[ they all break the window ]に時制をつけたい。現在完了形にすべく、haveと動詞句[ they all break the window ]をMergeし、T-bar [have they all break the window ]を作る。時制要素haveには、自分の前に主語を置くというEPP featureが備わっており、この要求に応えなければならない。よって、T-bar [have they all break the window ]から、they allを抜き出す。すると、they allが元々あった場所にその抜け殻のようなものが残って、T-bar[ have they all break the window ]となる。

こうして抜き出したthey allとT-bar [have they all break the window ]をMergeすると、TP[ They all have they all break the window ]ができる。抜け殻の部分のthey all (横線の部分)は発音には現れず、また、haveの後ろにあるbreakは、brokenと発音されると考えると、they all have broken the windowという発音が得られる。

さて、they have all broken the windowのallがある位置は、当初they allがあった位置であることに気が付く。よって、同じTP[ They all have they all break the window ]を持っているのだが、発音する際に、TP [ they all have they all break the window] というように、一回目のallを無音で発音し、二回目のallを発音すれば、they have all broken the windowの完成である。このようなallのことを、floating quantifierと呼ぶ。浮かんで流されてきたみたいだからこのような名で呼ぶのだ。

VP Internal Subject Hypothesisを採用すると、floating quantifierがすっきり説明できる。この点も、VP内主語仮説が支持されている理由である。

Reference)

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Chomsky, N (1965/ 2015) Aspects of the Theory of Syntax – 50th Anniversary Edition with new preface by author, Cambridge; MIT Press. Originally published in 1965.

Chomsky, N (1972) Studies on semantics in Generative Grammar, Hague; Mouton.

Chomsky, N (1975) Reflections on language, New York; Pantheon Books.

Chomsky, N (1981) Lectures on Government and Binding – The Pisa Lecture, Hague; Mouton de Gruyter. (formerly published by Foris Publications)

Chomsky, N (1982) Some Concepts and Consequences of the Theory of Government and Binding, Cambridge; MIT Press.

Chomsky, N (1986 a) Knowledge of Language – Its Nature, Origin, and Use, New York; Praeger.

Chomsky, N (1986 b) Barriers, Cambridge; MIT Press.

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Chomsky, N (2000) New Horizon in the Study of Language and Mind, Cambridge; Cambridge University Press.

Chomsky, N. (2006) Language and Mind third edition, Cambridge; Cambridge University Press.

Radford, A. (1988) Transformational Grammar – A First course, Cambridge: Cambridge University Press.

Radford, A (1997) Syntactic Theory and the Structure of English – A Minimalist Approach, Cambridge; Cambridge University Press.

Radford, A. (2004) Minimalist Syntax, Cambridge: Cambridge University Press.

Radford, A. (2009) Analyzing English Sentences – a Minimalist Approach, Cambridge: Cambridge University Press.

Radford, A. (2016) Analyzing English Sentences second edition, Cambridge: Cambridge University Press.

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。