言語学で最も敷居の高い分野

1 生成文法ではない

言語学にはいろんな下位分野があります。

澤田治美などがやっているモダリティ研究などは、may や will 等の助動詞の意味を詳しく考察する物です。これはおそらく意味論の一種として分類されるのではないでしょうか。

また、単語の構造を詳しく見ていく形態論 (morphology) という分野もあります。

僕がやっている生成文法は morphology でできた単語をどう並べて正しい分を作るか研究する統語論 (syntax) に分類誰されます。

ただし、生成文法は母語習得の理論にもめっぽう強く、その分野で活躍する生成文法家も珍しくありません。

言語学の下位分野を挙げだすときりがないのですが、どれが一番敷居が高いのでしょうか。

僕は少し前まで、生成文法が一番敷居が高いのではないかと思っていました。何せ、生成文法をするためには、読むべき文献の99パーセントが英語で、なおかつ Chomsky の著作を読むことが前提条件となっているのですから。

読むべき文献のほとんどが英語であるというその事実だけで、日本人の大半にとっては生成文法は敷居が高い分野になってしまっています。

(ゆえに、生成文法を専攻すると宣言することは、言語学科の中では、出家をする宣言をしているくらいくらい大変なことだと考えられているのです。)

それに加えて、直接読んで理解できるのは博士課程の一番賢い層だけ(Radford 1981) とも言われる Chomsky の著作を読んでいかねばならないため、生成文法の敷居はより一層高くなっています。

ただし、「敷居が高い」=「デメリットが多い」わけではありません。むしろ、敷居が高ければ高いほど、ライバルが少ない分野になる傾向が高いです。

ちょっと物知りな人だったら、「ブルーオーシャン」「レッドオーシャン」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。昔本で読んだ時、レッドオーシャンというのはライバルが多くて生き残っていくのが大変なところで、ブルーオーシャンというのはライバルが少なく自由に泳ぎ回れるところだと学びました。

この定義に従うなら、「敷居が高い分野」=「参入障壁が高い分野」=「ブルーオーシャンである可能性が高い」という図式ができますね。

僕が生成文法をやっている感触からすれば、この図式は概ね正しいです。泳ぎやすいかどうかは置いておくとして、生成文法をやっているライバルが少ないというのは確かです。

そして、統語論(語順を扱った学問)や母語習得理論が絡んでくると必ず必要とされる分野でもあります。

つまり、背生成文法はライバルが少ないが必要とされる立場にあるのです。まあ、そういう意味ではブルーオーシャン感が少しはありますね。

しかし、生成文法よりもっと敷居が高く、その需要はあるがライバルが少ない分野があることも分かってきました。

2 印欧祖語比較言語学を始めるためには

僕は毎週インドヨーロッパ比較祖語言語学を専門とする中国人の先生にサンスクリット語やトカラ語等を学んでいます。

授業は全部英語ですが、楽勝科目であるために、何か具体的なことを学んだのか問われたとき、答えに窮してしまいます。

楽勝単位ゆえに、そんなに勉強しなくてもいい⇒あんまり何も学び取れないまま終わってしまう。という図式が成立しています。

さて、僕の考えでは、授業というのは具体的な情報を得る場所だけでなく、研究こぼれ話やライバルの腕前等を見る場所でもあります。

京都大学だけあり、ライバルの内、できる側はかなりの能力値です。

教員の研究こぼれ話の内、インドヨーロッパ祖語比較言語学をやるためには何が必要かというものが印象に残っています。

その先生曰く、「印欧祖語比較言語学をするためには、英語、ドイツ語、フランス語、古典ラテン語、古典ギリシア語、サンスクリット語が必須である。」

さらに、「これはあくまで入り口であって、その後もトカラ語等、次々と言語をやり続けないといけない。」

「だからこそ、この分野をやっている人はこんなにも少ない。」そうです。

これを聞いたとき、僕は、「やっぱりそうなのか」と思いました。

確かに僕はかつて英単語の語源が大好きで、それがきっかけで印欧語族の究極のルーツである印欧祖語を研究する印欧祖語比較言語学に興味を持ったことがありました。

2018年くらいに作った上の動画がその証拠です。

かつては英語文献なんて読めなかったので、唐沢一友『英語のルーツ』という本だけでごり押して制作したのが良い思い出です。

振り返ってみれば、あの時が一番楽しかったのかもしれません。

さて、この動画の制作に一番役に立った『英語のルーツ』という名著ですが、この本の参考文献リストは英語の本ばかりです。(2冊だけ和書が紹介されています。)

そこで当時の洋書を全く読めない僕が思ったのは、「印欧祖語比較言語学は確かに興味深い分野ではあるが、英語文献を読めなきゃやれないんだな」です。

それから多読を積み、リストラやらいろいろあって、「尻に火が付いた」状態で何とか洋書を読めるようにしました。

その証拠に、僕が掲げる参考文献欄には、Mallory, J. P. & Adams, D. Q. (2006) The Oxford Introduction to Proto-Indo-European and the Proto-Indo-European World. Oxford: Oxford University Press.

等、『英語のルーツ』の参考文献リストで紹介されていた洋書がいくつか載っています。

さて、こうした本が読めるようになった僕は、いささか違う思いを抱えていました。

「英語だけじゃ全然足りない」

これに集約されます。なぜなら、Mallory & Adams (2006) の参考文献リストにはフランス語とドイツ語の文献が大量に掲載されています。

もちろん英語の文献が一番多いのですが、フランス語やドイツ語の文献も決して無視できないくらい参考文献リストに上がっているのです。

これは私見ですが、特に1950年代以前の文献は大体フランス語かドイツ語です。

Chomsky (2021) も言っていることですが、1950年代以前は学問の中心はヨーロッパで、アメリカ人は真剣に学問をするためにはヨーロッパに行かねばならなかったらしいのです。

しかも、印欧祖語比較言語学はドイツで始まったはずです。

よって、ドイツ語とフランス語の文献が多めなのは当然なのです。

また、印欧祖語比較言語学の生成が言っていたことなのですが、「トカラ語の文法書や辞書はドイツ語とフランス語の物ばかり。」

「なのでこの分野をやるのにドイツ語とフランス語は大切である。」そうです。

印欧祖語比較言語学をやるには、英語、ドイツ語、フランス語、古典ラテン語。古典ギリシア語、サンスクリット語が必須であるとは既に述べました。

英語、ドイツ語、フランス語に関しては、文献(本や論文等)を読むために必須であるばかりか、これらの言語の単語の知識がないと印欧祖語の単語を再建することは不可能だという実利的なものもあります。

古典ラテン語、古典ギリシア語、サンスクリット語等の古典語に関して言えば、これは祖語を再建するための知識として働くばかりか、再建するために読まなけらばならない一次資料がことごとくこれらの言語で書かれているからです。

例えば、印欧祖語を再建するためには『ホメロス』と『ヴェーダ』を読まなければならないそうです。

『ホメロス』は古典ギリシア語で書かれた叙事詩で、『ヴェーダ』はサンスクリット語で書かれた経典です。

どちらも①分量が多く、②昔に書かれており、③資料としての信頼度も高い(要するに後の時代の人が好き勝手に改変していない)ので印欧祖語学者が重宝しているのでしょう。

我々古英語学者が『アングロサクソン年代記』を重宝しているのと同じ理由です。

そういうわけで、印欧祖語比較言語学は、一定の需要はあるものの、その参入障壁の高さから、ほんの一握りの人にしか手を出せないブルーオーシャンだと言えます。

3 ブルーオーシャンを求めて

僕は生成文法家で、さらに学部時代英文学を専攻していたため、ちょっと古めの英語(スペンサーの物等)に手を出せる人間です。

スペンサーとは、16世紀-17世紀くらいにまでイギリスで活躍した詩人です。

さて、どうせならもっと古い英語を生成文法的に分析しようと思い、中英語(1000-1500年くらいの英語)まで射程圏に収めています。

こうした分野をやっているのは、ケンブリッジ大教授で生成文法家の Ian Roberts 先生等、生成文法家の中でもほんの一握りです。

ほんの一握りの人しかやっていないので、Ian Roberts 先生は業績挙げまくりで、まさに天下無双状態です。

これには彼がケンブリッジ大の教授であることも深く関係しているでしょう。

古英語や中英語(要するにめちゃくちゃ昔の英語)をやるには、昔の英語を読み進まねばなりません。そのためには、より信頼度が高い一次資料を手に入れることが鍵となります。

昔の英語の一次資料は、Early English Text Society という、Oxford から出版されている厳密な資料や、それに類するものに当たることがセオリーです。

そういう出版されたものがない場合や、出版されたものがあってもそれが信頼できないなら、直接写本に当たるしかありません。

そして、昔の英語の写本の3分の1はケンブリッジにあります。Ian Roberts はケンブリッジ大の教授という立場を最大限に利用して、昔の英語を生成文法的に分析しているのです。

これだけでも他の人にはなかなかまねできないアドバンテージなのですが、最近の Ian Roberts 先生はさらに意欲的で、古典ラテン語やヒッタイト語まで生成文法的に分析しています (Roberts 2021)。

ここまですると、なかなかライバルは彼に追い付けません。

しかし、逆に言えば、こうした古典語を生成文法的にきちんと分析できる人はレアで、業績を上げやすいということになります。

ブルーオーシャンですね。

さらに、Roberts (2021) では、生成文法的に印欧祖語の語順を復元しようという取り組みも紹介されています。

僕もこの分野をやりたいと思っています。

これをあんまり言うと良くないのですが、今までの印欧祖語比較言語学は、単語同士を比較しより古い単語を再建するというその性格上、多分にmorphology 的でした。つまり、単語の中を見る力は強くても、単語同士の語順(syntax) については沈黙している感が否めませんでした。

とは言え、印欧祖語の単語についてある程度知っておくと、統語的にもプラスの効果はありそうです。

ゆえに、僕はこの印欧祖語の分野に手を出すつもりです。

参入障壁が高い分、一度入るとライバルが極端に少ないはずです。

しかもそれに生成文法をかけ合わせれば、ライバルは極端に少ないはずです。

そのためには、先ほど挙げたような諸々の言語をやって行く必要がありますが、何十年もかければある程度はできるようになりはずです。

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。