1 このシリーズを作った理由
僕は昔、ゆっくり実況者として活動していました。2018~2019年頃の話です。
今は2023年なので、かなり昔の話です。
当時の僕は英語文献を一切参照せずに(できすに)、以下のような動画を出していました。
確かに粗さは目立つものの、全体としてはまあま面白い作品になってのではないかと思っています。
しかし、このころからYouTube ではゆっくり実況の収益剥奪が増えてきました。僕が尊敬するゆっくり実況者たちもそれに引っかかり散っていきました。
今思えば、ゆっくり実況が面白くて、なおかつためになるコンテンツが多い理由は、二人いるからではないでしょうか。
具体的に言うと、僕のチャンネルでは霊夢が「何も知らない」素人で、魔理沙が専門家役です。
個人YouTuber でありながら、この二人のやり取りを作り出せる点でゆっくり実況というコンテンツが優れているのではないでしょうか。
YouTube ではゆっくり規制が厳しいので、もうゆっくり実況を作ることはできないでしょう。
しかし、ブログなら話は別です。
魔理沙:~
霊夢: ・・・
のように、二人のやり取りを文字上で再現できます。こうすることで、以前のように「素人役」を作り出すことが出来そうです。
ということで、以降は本編となります。
2 鳥も言語を持っている?
京都市動物園にて~
鳥小屋付近にある掲示を目にして~
霊夢:魔理沙、魔理沙、この掲示板見た?
魔理沙:鳥の言語。なるほど、京都市動物園曰く、鳥にも言語があるのだな。なになに、
(1)ピーピー、ブーブー (「危険だ」という意味)
(2)*ブーブー、ピーピー (これでは鳥に伝わらない)
(3)ピヨピヨ、ガーガー(「集まれ」という意味)
(4)*ガーガー、ピヨピヨ (これでは鳥に伝わらない)
確かに、この掲示が正しいとすれば、鳥も広い意味で言語を持っていると言えるかもしれないな。
霊夢:え、こんなに複雑なのに鳥の言語は人間の物とは違うの?
魔理沙:ああ、私も鳥が言語を持っているというこの京都市動物園の記述には驚かされた。
確かに、京都市動物園の記述から分かることは、(1)鳥の言語にも単語らしきものが存在する。(2)そうした単語を正しく並べないと正しい鳥語にはならない。ということだな。
霊夢:それって人間の言語と同じじゃない? 私たちの言語だって(1)単語を持っていて、(2)それを正しく並べないといけないでしょう。
魔理沙:確かに、そこだけ見ると人間の言語と鳥の言語は酷似している。
しかし、上の例文をよく見て欲しい。どれも2単語だけでできている。
霊夢:本当だ。
魔理沙:そこが人間の言語と鳥の言語との決定的な違いだ。
3 人間の言語と鳥の言語の共通点
魔理沙:人間の言語の特徴の話をする前に、さっきの鳥の言語の例について話さねばならない。
(1)ピーピー、ブーブー (「危険だ」という意味)
(2)*ブーブー、ピーピー (これでは鳥に伝わらない)
(3)と(4)は省略するが、鳥のが作る文はどれも二つの単語をくっつけることでできているな。
霊夢:そうね。どの文も2単語しか持っていないわね。
魔理沙:生成文法的に、要素同士をくっつける操作を Merge と呼んでいるんだ。Chomsky (1995a) が提唱した理論だな。
操作とか、Merge とか、難しい単語を使ってしまったが、要するに単語同士をくっつけているだけだ。そんなに難しく考える必要はない。
霊夢:その Merge という考え方に従えば、鳥の言語の例文(1)では、「ピーピー」と「ブーブー」をくっつけているということ?
魔理沙:その通りだ。二つの単語をくっつけて出来上がったものが(1)の例文というわけだな。
Chomsky (2008) は人間の言語もこうした Merge で出来上がっていると主張している。
霊夢:へー。じゃあ、ますます鳥の言語と人間の言語が同じに見えてきた。
魔理沙:ここまでの説明ならそうなって当然だな。鳥の言語と人間の言語の違いを見る前に、もう少しこの Merge について詳しく話しておくぜ。
Merge という要素同士をくっつけるプロセスは、足し算的な所があるんだ。
例えば、人間の言語では、the とbook をMerge してthe book をつくっているんだが、これはthe とbook を足し算してる感じた。
霊夢: 言語と足し算ってどこか関係あるの?
魔理沙: 大アリだ。Chomsky (2008) 曰く、人は Merge ができるようになったから足し算が出来るようになったらしい。
the と book を足し合わせるのと同じように 3+5 をすれば8が出来上がる。足し算というのは語彙同士を Merge する能力から派生してできたそうだ(Chomsky 2008)。
ということは、the と book を Merge するというのは、the と book を足し合わせている感じに近い。
霊夢 そうなんだ。
魔理沙:日本では何故か Chomsky の著作がせっせと翻訳されているのだが、Merge の訳語は「併合」だ。終わっている感じじゃないか?
霊夢:その通りね。要素同士の足し算の感じが全く感じられないわ。
魔理沙:それはある意味仕方がない面もある。Merge というのは Chomsky が1995年に発表した The Minimalist Program という本で初登場した考え方だ。
Merge が登場した当初は、Merge と足し算の関連性が分かっていなかった。
その状態で翻訳に取り掛からねばならない以上、無理やり「併合」という語をあてがったわけだ。
その後、Chomsky (2007, 2008) あたりから Merge と足し算の関連性が指摘され始め、さらに、人間が意図的に要素同士を Merge しているわけではなく、edge feature という単語の端っこについている糊のような要素によって、単語同士が半ば勝手にくっついてしまうというモデルに変化している。
霊夢:そうだとすると、「併合」というのを読んで理解できる日本人は、既に Merge について知っている人だけね。
魔理沙:その通りだ。私が「翻訳はできるだけ使わないようにしよう」と言い続けている理由はここにある。
翻訳だろうが新しく書かれた和書だろうが、既に存在する定訳からは逃れられない。要するに、ちょっとおかしな訳語でも未来永劫使い続けなければならないのだな。
話はそれたが、どうやら鳥の言語も人間の言語と同じように Merge を使っているみたいだ。少なくとも京都市動物園の記述からはそう解釈できる。
4 人間の言語と鳥の言語の違い
魔理沙:ここからは人間の言語と鳥の言語の違いについて見てみるぞ。
私自身鳥が言語を持っていることを知ってかなり驚いた。しかし、鳥の言語は先ほどの例で見た通り二つの要素しか足し合わせていないのだ。
霊夢:そこが大きいと。
魔理沙:そうだな。R. Lizzi と Kayne (1981) のアイデアにのっとり、Merge は一度に二つの要素しか足し合わせられないということが生成文法界隈では受け入れられている。
なぜ二つだけなのかについては今踏み込まないとして、二つづつしか足し合わせられないなら、I will read the book のような文はどうやって作ると思う?
霊夢:ひょっとして、Merge を何度も繰り返すの?
魔理沙:その通りだ。ます、the と book を足し合わせて、the book を作る。そうしてできた the book と read を足し合わせて read the book を作る。さらにそうしてできた read the book を助動詞 will と足し合わせて will read the book を作る。さらにそうしてできた will read the book に主語 I を足し合わせて I will read the book が完成する。
霊夢:そんなに何度も Merge を繰り返さないと文ができないんだ。
魔理沙:確かに、まどろっこしく感じるかもしれないが、これが現在考えられている文の作り方だと考えていい。本当はもっと複雑なんだが、そこは省略するぜ。
ここで注目すべき点は、Merge してできたものがさらなる Merge の材料となっている点だな。
専門用語で Merge の材料を input,、Merge してできた物を output と呼ぶ。すると、output がさらなる Merge の input として使われているということができる。
霊夢:興味深い。
魔理沙:だろ。この方式だと、Merge は無限回繰り返すことができる。そうすれば文の長さに上限はなくなるし、文の自由度も非常に高くなる。
こうした何度も Merge が繰り返される特徴を recursive と呼ぶ。
霊夢:そこが人間の言語と鳥の言語の違いだと。
魔理沙:その通りだ、人間の言語は recursive だが、鳥の言語はそうではない。一度 Merge したらそれで終わりらしい。少なくとも、京都市動物園の記述から私はそう受け取った。
5 まとめ
鳥の言語と人間の言語の決定的な違いは recursive かどうかである。鳥の言語は Merge を一度しかできないようである一方で、人間の言語は Merge を何度でも繰り返すことができる。
そこから生まれる表現の自由度は高く、Chomsky (2006) 曰く、これができるようになって、人間は計画を練ったりという高度なことができるようになったらしい。