Merge の性質 (生成文法の基礎)【生成文法家の考え】

Merge の性質 (生成文法の基礎)【生成文法家の考え】

1)人間の言語機能とはMergeする能力である

人間以外にも、言語らしきものを用いて他の個体とコミュニケーションをしている生物は存在する。

例えば、鳥。ある種の鳥は、自分の縄張りに他の個体が近づいてくると、高めの声で鳴いて「近づいて来るな」というサインを発する。不快感が高ければ高いほど高い声で鳴くらしい。

確かに、鳴き声を使って他の個体にある種のメッセージを発しているので、言語と呼べなくもないが、人間の言語とは全くレベルが違う。

人間が使う言語は、無限とも言える要素(単語)を自由自在に組み合わせて。オリジナルの文を作ることで成り立っている。僕が今書いている文章も、人の文章をそのままコピーしているわけではなく、自分が知っている単語を自由自在に組み合わせて新しい、オリジナルの文を作ることで出来上がっている。

一方、鳥はどうだろうか。

結局彼らにできるのは、声の高さを変えるとか、少し長めに鳴くとか、そういったレベルである。人間が使う言語のようにバリエーションが豊かなわけではない。

人間がこのような「新たな文」を作り出せるのは、Chomsky (2006) 曰く、人類は100万年かけた進化によってMergeする機能を獲得したからである。

Mergeとは二つの要素を組み合わせて新しい要素を作ることである。抽象的でイメージがわきにくい。

よって、脳の中にある装置があるとイメージして欲しい。装置と言うより機能なのだが、そこはイメージを簡単にするために装置と言っているだけである。

この装置には二つの穴が開いていて、ここに単語等を入れていく。(出口が一つだけある)

例えば、前置詞toと名詞Japan。前置詞toを左の穴、名詞Japanを右の穴に入れると、この装置は、ゴトンっと[ to Japan ]という一つのかたまりを出してくれる。

toとJapanという二つの単語がくっついて[ to Japan ]になって出てきたから、この装置は、「二つの穴に入れたものをくっつける」という機能を持っていると考えられる。

また、こうして装置から出てきた一つのかたまり[ to Japan ]をさらに装置に入れる。今度は左の穴に動詞go、右の穴に先ほど装置から出てきたばかりの[ to Japan ]を入れる。するとこの装置は[ go to Japan ]というかたまりを出してくる。

ここで注目すべきなのは、出てきたかたまり[ go to Japan ]の性質である。

I will go

I will [ go to Japan ]

上の例から分かるように、装置の左の穴にgo、右の穴に[ to Japan ]を入れて作った[ go to Japan ]というかたまりは、左の穴に入れた要素の性質を強く受け継ぐようである。

例えば、

I will go to Paris.

*I will go [ go to Paris ]

このように、to Parisという、to Japanと似たような機能を持っていそうなかたまりが使われている個所に、[ go to Japan ]を使うとおかしな文になる。よって、go と[ to Japan] を二つの穴に入れて作った[ go to Japan ]という一つのかたまりは、右の穴に入れた[ to Japan ]ではなく、左の穴に入れた goの性質を強く受け継ぐらしい。

そんなことを言うのなら、左の穴にto、右の穴にJapanを入れて作った[ to Japan ]という塊は、右の穴に入れたJapanの性質ではなく、左の穴に入れたtoの資質を強く受け継ぐはずである。

どうやらこの考察は合っているようである。

I live in Japan.

のJapanの部分に、[ to Japan ]を入れると、

*I live in [ to Japan ]

というおかしな文になる。

しかし、

I will go [ to Paris ]

の[ to Paris ]の部分に[ to Japan ]を入れても、

I will go [ to Japan ] になり、意味はだいぶ変わってしまうが、文法的に正しい文を作ることができる。

今まで装置の右の穴、左の穴と言ってきた。左右が関係あるのかと不思議に思った読者もいただろうが、実は関係があるのである。必ずと言うわけではないが、二つの穴に要素を入れて新たな、より大きな一つの要素を作るとき(要するにMergeする時)、できた新しい要素は、左の穴に入れたパーツの性質を強く受け継ぐようである。

このように、できた新しい要素の性質を決めるパーツを、専門用語でHead(主要部)と呼ぶ。逆に、できた新しい要素の性質を決めない方のパーツは、専門用語でcomplement(補部)と呼ばれている。

Mergeとは、このように二つのパーツを用いて新たな一つの要素を作る行為である。この時、Mergeに使われる二つの要素(装置の左右の口に入れる要素のこと)を、Mergeのinputと呼ぶ。そして、Mergeしてできた一つの新しい要素のことを、Mergeのoutputと呼ぶ。

Mergeは、二つのinputから、一つのoutputを作る行為なのだ。

さらに、Mergeはできたoutputをさらなるinputに使うという性質がある。先ほども見た通り、to とJapanを材料(input)にしてMerge すると、[ to Japan ]という一つのかたまりがoutputとして得られる。このoutputをもう一度Mergeの材料(input)として使うのだ。今度はgo と[ to Japan ]をinput としてMergeし、[ go to Japan ]という一つのかたまり(output)が得られた。

こうして得られたoutput [ go to Japan ]をまたMergeの材料として使う。今度は助動詞will を左の穴に、[go to Japan ]を装置の右の穴に入れる。

すると[ will go to Japan ]という一つのかたまりが装置から出てくる。

ここまでで気が付いた人もいるかもしれないが、Mergeしてできた[ to Japan ]や[ go to Japan ]を次のMergeの材料に使う時、決まって装置の右側の穴に入れてきた。そう、Mergeしてできた要素の性質を決めない方の穴である。決まってcomplement(補部)の方の穴にこういった要素を入れてきたのだ。

さて、こうしてできた[ will go to Japan ]であるが、やはり右の穴に入れた[ go to Japan ]ではなく、左の穴(headを入れる穴)に入れた助動詞willの性質を強く受け継いでいるようだ。

Will と同じく助動詞として分類されるmayと関連させて考えてみよう。

He [ may buy this PC ]

この文の[ may buy this PC ] の部分を[ will go to Japan ]で入れ替えると、

He [ will go to Japan ]

が得られる。かなり意味は変わってしまうが、文法的には正しい文が得られる。

しかし、

He will [ go to Paris]

の[ go to Paris ]の部分に[ will go to Japan ]を入れると、

*He will [ will go to Japan ]

となり、文法的におかしな文になってしまう。

よって、助動詞will と[ go to Japan ]をMergeしてできた[ will go to Japan ]は、[ go to Japan ]ではなく、助動詞will の性質を強く受け継いでいるようだ。[ will go to Japan ]は、Mergeする装置の左の穴にwill、右の穴に[ go to Japan ]を入れてできた塊であるので、ここでもMergeしてできたフレーズは、左の穴(Headを入れる方)に入れた要素の性質を強く受け継ぐという法則に従っているようだ。

2)例外

こうしてMergeを繰り返してできた[ will go to Japan ]という塊(フレーズ)を、もう一度Mergeの材料(input)に使う。今回もやはりMergeする装置の右側の穴に入れることになる。そして、左側の穴には代名詞Heを入れる。

すると、[ he will go to Japan ]というoutputが得られる。だが、これは代名詞he の性質を受け継いでいるわけではない。

例えば、

[He] is kind.

のheの個所に、[ he will go to Japan ]を入れると、

*[ he will go to Japan ] is kind

という文法的におかしな文になってしまう。

では、[ he will go to Japan ]というフレーズは、何の性質を受け継いだのだろうか。

これは詭弁にも聞こえるかもしれないが、助動詞willである。助動詞mayを用いた、

I think that [ he may buy this computer.]

上の文の[ ]で囲まれた部分、をwillの性質を受け継いだ

[ he will go to Japan ]で書き換えることができる。

I think that [ he will go to Japan ]

ここまでくると、もはや詭弁なのだが、[ will go to Japan ]というものが、willの性質を受け継ぐoutputで、heをmergeする装置の左の入れ口に入れ、[ will go to Japan ]を右の入れ口に入れて[ he will go to Japan ]を作ると、できたoutputは、willの性質を引き継いでいると言われている。代名詞heの性質を引き継いでいるわけではない。

この時、Mergeする装置の左の入れ口に入れたはずの代名詞heは、できたoutput [ he will go to Japan ]の全体の性質を決定しているわけではない。このような、左の入れ口に入るのに、Mergeしてできたoutputの性質を決めない要素をspecifier(指定部)と呼ぶ。

reference)

Chomsky, N (1957) Syntactic Structures, Leiden; Mouton and Co.

Chomsky, N (1965/ 2015) Aspects of the Theory of Syntax – 50th Anniversary Edition with new preface by author, Cambridge; MIT Press. Originally published in 1965.

Chomsky, N (1972) Studies on semantics in Generative Grammar, Hague; Mouton.

Chomsky, N (1975) Reflections on language, New York; Pantheon Books.

Chomsky, N (1981) Lectures on Government and Binding – The Pisa Lecture, Hague; Mouton de Gruyter. (formerly published by Foris Publications)

Chomsky, N (1982) Some Concepts and Consequences of the Theory of Government and Binding, Cambridge; MIT Press.

Chomsky, N (1986 a) Knowledge of Language – Its Nature, Origin, and Use, New York; Praeger.

Chomsky, N (1986 b) Barriers, Cambridge; MIT Press.

Chomsky, N (1988) Language and Problems of Knowledge – The Managua Lectures, Cambridge; MIT Press.

Chomsky, N (1995) The Minimalist Program, Cambridge; MIT Press.

Chomsky, N (2000) New Horizon in the Study of Language and Mind, Cambridge; Cambridge University Press.

Chomsky, N. (2006) Language and Mind third edition, Cambridge; Cambridge University Press.

Radford, A. (2020) An Introduction to English Sentence Structure second edition, Cambridge: Cambridge University Press.

Radford, A. (2004) Minimalist Syntax, Cambridge: Cambridge University Press.

Radford, A. (2009) Analyzing English Sentences – a Minimalist Approach, Cambridge: Cambridge University Press.

Radford, A. (2016) Analyzing English Sentences second edition, Cambridge: Cambridge University Press.

Roberts, I. (2007) Diachronic Syntax, Cambridge; Cambridge University Press.

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。