インドヨーロッパ祖語の世界はここまで分かっている。

1,インドヨーロッパ祖語の「発見」。

昔から、ヨーロッパの言語同士が似ていることは、当のヨーロッパ人が良く知っていた。

英語オランダ語チェコ語ラテン語
mothermoedermatkamater
fathervaderotecpater
brother broerbratrfrater
househuisdumdomus
cowkoekravabos
Mallory and Adams (2006)より改変

上の表からも分かるように、ヨーロッパで話されている(もしくは話されていた)言語同士を比較すると、単語同士がよく似ている。

もちろん、ところどころ対応関係が崩れてしまっているところもある。また、これらの言語が使われている(もしくは使われていた)地域が地理的に近いから、言語間で外来語として単語をやり取りしているのではないかという疑いも出てくる。

しかし、父親や母親といった近しい親族の名称等に外来語を取り入れることは非常にまれであることが分かっている。よって、上の表のような対応関係の多くは、これらの言語が元々持っていた単語同士の類似から来ている。

そこで、ヨーロッパで昔から支持されていた考え方が、ラテン語や古典ギリシア語等の「由緒ある」古典語から現代のヨーロッパ言語ができたという仮説である。

しかし、ヨーロッパ以外の地域でもこうした類似性を示す言語が発見され、事情が変わってくる。

大昔、インドで経典ヴェーダを記すのに使われていたサンスクリット語が西洋に知られると、西洋人たちは、すぐさまサンスクリット語とヨーロッパの言語の類似性に気が付いた。(16世紀ごろの話)

英語ラテン語古典ギリシア語サンスクリット語
mothermatermetermatar-
fatherpaterpaterpitar-
brotherfraterphreterbhratar-
sistersororeorsvasar-
housedomusdodam-
Mallory and Adams (2006)より改変

確かに、英語のfやbの音が他とはずれているが、その他は偶然とは思えないほど一致している。

遠く離れたインドの古典語が、ヨーロッパの言語にここまで似てしまっているという事実から、当時の西洋人はサンスクリット語からヨーロッパの言語(ラテン語、古典ギリシア語、オランダ語、英語等)が生まれたと考えるようになってしまった。

しかし、William Jones(ウィリアム・ジョーンズ)という人物の発表で、世間の認識は変わる。

ウィリアム・ジョーンズ(1746-94)は、陪審判事としてインドに赴任していたころ、インドの古典語であるサンスクリット語を勉強した。

そんな彼が1786年に学会で発表するのだが、その内容は当時の常識とはかけ離れていた。

ジョーンズは、サンスクリット語はラテン語などヨーロッパの諸言語の祖先ではないと主張した。さらに、サンスクリット語とヨーロッパの諸言語は、ある共通の祖先から枝分かれしてできた言語であるとも主張した。最後に、その「共通の祖先の言語」は既に死後になっており、文字記録も残っていないだろうと推測した。

この発表は、当時の言語学者たちに発想の転換をもたらした。

この発表の後、言語学者たちは、このヨーロッパの言語とサンスクリット語の「共通の祖先」の探求にかじを切ったのである。

2,インドヨーロッパ祖語再建

ある言語群の共通の祖先である言語を、専門用語で祖語と呼ぶ。

例えば、ゲルマン語族と呼ばれるドイツ語(German)やオランダ語、英語等から構成される言語群の共通の祖先はゲルマン祖語と呼ばれている。

言語学者がゴールに見据えているのは、ヨーロッパの諸言語とインドの古典語、さらにはイラン語(ペルシア語)等の共通の祖先である。子孫であるこれらの言語が話されている地域が、西はインド、東はヨーロッパまで広く及んでいたことから、問題となる「共通の祖先となった言語」は、インド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語)と呼ばれている。

印欧祖語の具体的な意見法は、Mallory, J.P. and Adams, Q. D. (2006) The Oxford Introduction to the Proto-Indo-European World, Oxford Oxford University Press.に詳しく載っている。

詳しい手法はこの本に譲るとして、印欧祖語の単語の簡易的な再建法を見てみよう。こちらはBrinton and Arnovivk (2017)から採用した。

サンスクリット pad-ゴシック fotus
ギリシア pod- 古英語 fot (現代英語foot)
ヒッタイト pataドイツ語 Fuss
ラテン ped-リトアニア peda
Brinton and Arnovivk (2017)より改変

印欧語族のいろいろな言語における「足」を意味する単語を集めた表である。このような体の部位を表す基本的な単語には本来語(外来語ではなく、その言語に最初からあった単語のこと)が使われる傾向が高いことから、この単語が選ばれている。

ここから、印欧祖語の「足」を表す単語は、pもしくはfの音で始まると予測できる。真ん中の母音は置いておくとして、最後の子音はdかsであると予測される。

その音になっている子孫の言語が多いからという、「多数決」で決めるのではなく、その音の性質をよく観察して考える。子孫の言語のどれも祖語の音をとどめていないケースも考えられる。

/p/と/b/をゆっくり発音してみて欲しい。pandaとか、boyとかに入っている音である。/p/と/b/を発音する際、両唇を一度閉じることで空気の流れをせき止めてから、その後勢いよく空気を吐き出していることに気が付くはずだ。このような音をbilabial stop(両唇閉鎖音)と呼ぶ。

pとbの違いは、pが無声で、bが有声であるという点だけだ。

有声音、無声音とは、声帯の振動のあるなしで区別している。声帯が振動すれば有声、しなければ無声音だ。

確かに、のどに手を当てて発音すれば分かるのかもしれないが、日本人は「プ」や「ブ」というとき、/pu//bu/というように、どうしても母音/u/と一緒に発音してしまう。

/p/と/b/だけを取り出して発音することは日本人にはどうしても難しい。

(それができる人なら、一発で/p/が無声、/b/が有声だと分かったはずだ)

さて、どうしたものか。

ここは日本語にある識別方法の手助けを借りよう。濁点がつけられる音は無声、濁点がつけられない音は有声だと言われている。

プ⇒ブ なので、/p/は無声、「ブ」にこれ以上濁点はつけられないので、/b/は有声だと言われている。

さらに、/k/が有声無声どちらか分かるかな。

/g/という濁点付きバージョンを作れるので、/k/は無声。/g/は有声である。

ただし、nやm等の例外も存在する。

よって、これは一種の指標に過ぎない。

話を元に戻して、印欧祖語の「足」を意味する単語の最初の子音は、両唇閉鎖音p/bのどちらかである。このような手法等諸々を用い、さらに古いサンスクリット語やヒッタイト語等をヒントにすると、結果として、印欧祖語の足を意味する単語はpodであったと考えられる。

tripod「三脚」のpodである。

こうして、様々な単語を再建するにつれ、それらの単語が使われていた印欧祖語の世界がかなり分かってきた。

3,インドヨーロッパ祖語の世界。

印欧語族のほぼ全ての語派に本来語として存在する単語同士を比較することで、言語学者はかなり多くの印欧祖語の単語を再建してきた。

再建できた単語は、インドヨーロッパ祖語の世界にあったはずである。先ほどの*pod-「足」もそうだが、この単語が再建できるということは、当たり前だが印欧祖語の世界で、人々は「足」という単語を使っていたのである。

また、印欧祖語の単語として再建できない概念は、印欧祖語の社会に元々なかったか、似た単語でそれを指していたかのどちらかである。

つまり、再建できた全単語を考慮すると、文字記録が残っていない印欧祖語の社会のことが、がかなりはっきり分かるのだ。

印欧祖語の話者は多神教を崇拝しており、昼もしくは晴天をつかさどる最高神を特に崇拝していた。神には明確な序列があり、最高神は神々の父親的な存在だった。(ギリシア神話のゼウスや、ローマ神話のユピテルに似ている。それもそのはず、こうした神話も子孫の言語に言葉と共に受け継がれるから)

印欧祖語が話されていた社会には、神官と予言者(seer、未来を見る人)が存在した。印欧祖語の話者たちはお祈りやおまじないを唱えたり、宗教儀式に参加して、神に供物を捧げたりもした。

家族や部族の頭(かしら)は必ず男性で、男系の社会だった。男系の社会とは、結婚した女性が夫の家に嫁ぎ、その家の一員になるという制度である。生まれてきた子供は、夫の一族の一員だとみなされる。

結婚後は夫が家を取り仕切ったと考えられている。また、一世帯が社会の基本構成単位であった。住居は木製で、暖炉(hearth)を中心に建てられていたらしい。玄関は二重ドアになっていたと推測されている(そういう単語が再建されているから)。

彼らは一族(部族)単位で生活しており、それが一つの村を形成していたと考えられている。多くの場合、こうした村は高台に建てられたと考えられている。さらに、外的に備え村そのものが砦化されていたとも考えられている。

印欧祖語の社会は農耕社会で、小麦や大麦、ライムギ、トウモロコシを育てていた。そして収穫後、それらを粉にひいた。動物をくびき(yoke)にかけ、すき(plow)を引かせていた。畝を作ってそこに種をまいていた。

彼らは家畜化された動物(牛、羊、ヤギ、豚)を飼育していた。彼らはこうした動物を、羊飼いのように群れ単位で手なずけていたと考えられている。これらの家畜を屠殺して、その肉を食べることもあった。また、富の単位は家畜(特に牛)の数ではかられたと考えられている。

印欧祖語を話していた人々は、糸を紡ぎ、布を織り、服を作っていた。彼らは火を使って調理していたことも分かっている。また、普通に焼くだけでなく、蒸し焼きもしていたらしい。

彼らは牛乳を飲み、リンゴ、バター、チーズ、肉を食べていた。食材の味付けは専ら塩だったが、甘みをつける場合ははちみつを使っていたらしい。

はちみつは調味料として使われただけでなく、発酵させ、はちみつ酒(mead)として飲まれていたらしい。

彼らが使っていた武器は、弓矢とオノだと分かっているが、どうやら剣は武器として使っていなかったようである。

彼らは冶金術(金属加工技術)を習得しており、金、銀、銅、さらには青銅も加工して使っていたと考えられる。だからこそ、印欧祖語を話していた人々に関する考古学的な証拠(発掘による証拠、土器や石器や塚の跡等)は一切ないが、彼らが暮らしていたのが青銅器時代(Bronze Age)に属するという証拠になっている。

印欧祖語の単語として再建された移動手段を表す語をざっと確認すると、彼らは車輪と車軸、台車という概念を知っていたらしい。これを使って民族大移動を行い、後の各語派(インド・イラン語派、イタリック語派、ゲルマン語派etc)を生み出すことになったのだろう。

水上移動に関しては、どうやら船を使っていたらしい。帆船ではなく、手漕ぎか、棒(pole)を使って水底を押すことで推進力にしていたと考えられている。(帆を表す単語を再建できないことから)

ただ、彼らは海を知らなかったらしい。だからこそ、海を表す単語は、各語派が海に到達した時点でそれぞれ独自に発明したか、他の言語からが借入したのかのどちらかである。だからこそ、英語ではsea、イタリア語ではmareとかoceanoとか、語派によってこれほど海を表す単語がバラバラになるのだ。

また、馬に乗って移動していたことは確からしい。

季節や方位を表す印欧祖語の単語を確認すると、彼らは農耕のシーズンを元に一年を計算していたらしいことが分かる。

彼らは月の満ち欠けで一か月を計算する太陰暦(luner month)を採用していた。また、彼らは、星々に名前を付けて読んでいたらしい。

方位を示すとき、彼らは東を向いて考えたらしい。南が右と、北が左と関連づけられているからだ。ちなみに左(北)は縁起の悪く、タブー視されていた。これは子孫の言語(ラテン語、英語等)にも残っている風習で、英語sinistar「不吉な」は、ラテン語sinistra「左」からの借入である。

また、彼らは10進法を使っており、その証拠に、1~10の数の呼び名は、子孫のインドヨーロッパ語族のどれをとっても類似している。(だから簡単に祖語の数字を再建できた)

インドヨーロッパ祖語の話者は、奴隷を売り買いしていたことも分かっている。

裁判は口頭で判決(刑罰)が述べられるシステムだったらしい。

さらに、詩が社会の中でかなり大切な位置を占めていた。口頭で伝承され、古英語期の『ベオウルフ』にも、そうした名残が残っている。

いろいろな印欧語族の古代の長編詩同士を比較することで、印欧祖語時代の原始的な詩を復元しようとする取り組みもある。

4,彼らはどこに住んでいたのか。

これだけのことが分かっているのだから、きっと印欧祖語の母語話者の住んでいた地域、さらにはそこに住んでいた年代も分かっていると思いきや、実はいまだにはっきりしたことは分かっていない。

再建(復元)した祖語の単語から、彼らの身近にあった樹木や動物をかなり割り出せているのだが、厄介なことに、こうした動植物の分布は数千年でかなり大きく変わってしまう。

彼らが知っていた樹木は、beech(カバノキ)appen, oak(樫の木)yew(柳)など、割と寒い地域に自生するものである。動物は、wolf(狼)bear(熊)beaver, otter(カワウソ)、蛇、野兎、亀、ネズミなどを知っていた。

よって、印欧祖語が話されていた地域は、こうした動植物が出現しうる場所でないとならない。さらに、その後の民族移動の結果広がった印欧語族の地域を勘案に入れると、割と候補が絞り込まれて来る。

今有力なのが、黒海北岸~カスピ海沿岸まで広がるステップ地帯(高原地帯)に住んでいたという仮説である。下の図を参照。

google mapより

発掘調査により、紀元前4500年以前上の斜部の地域で、独特な塚(クルガン)を築いて埋葬する、通称クルガン文明というものが栄えたことが考古学的に分かっている。

考古学的な証拠(発掘により採集した証拠)から、このクルガン文明の文化や生活様式と、再建した単語から分かるインドヨーロッパ祖語話者の文化、生活様式がほぼ一致していることが分かっている。

さらに、紀元前4500年前以前のこの地域の気候は、祖語から想定されるものとほぼ一致するという指摘を気候変動の学者がしており、一層印欧祖語の話者=クルガン文明の担い手、という説の妥当性を高めている。

参考文献andさらなる読書案内)

Brinton, L. J and Arnovick L. K. (2017) The English Language – A linguistic History, Oxford; Oxford University Press.

[英語の歴史の解説かメインテーマではあるが、印欧祖語の解説や、ゲルマン祖語がどのようにして古英語になったのかといった、他の英語史の本ではあまり取り上げられない内容も解説している。英語が容易で、初心者にもとっつきやすいと思われる。〕

Mallory, J. P. & Adams. D. Q. (2006) The Oxford Introduction to Proto-Indo-European and the Proto-Indo-European World, Oxford: Oxford University Press.

〔印欧祖語の再建方法を初心者向けに解説している。標準~やや難である。後ろの方は、印欧祖語の単語と、そこから分かる彼らの社会と文化が解説されている。〕

和書

唐澤一友(2011)『英語のルーツ』春風社

〔類書の中で抜群に分かりやすい。そして詳しい。印欧祖語がどのようにして英語に発展したかを扱った和書は本当に少ないので、かなり貴重。〕

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。