idioms (イディオム)【生成文法解説】【生成文法家の考え】
1)Idiom (イディオム)とは
英語には、文字通りの意味に解釈されない表現が存在する。(日本語にもそういった表現があるのかもしれないのだが、僕は日本語に詳しくないのでここでは触れない)
例えば、spill the beans「秘密をばらす」等である。
Spill「~をこぼす」とbeans「豆」からできたこの表現は、文字通り「豆をこぼす」という意味には解釈されない。代わりに、「秘密をばらす、ぶちまける」という決まり文句として解釈される。
因みに、言語学には認知言語学(cognitive linguistics)という分野がある。認知言語学の知見があれば、なぜspill the beans が文字通の「豆をこぼす」という意味ではなく、「秘密をばらす」という独特な(idiomatic)意味で解釈されるのか、多少は納得できる。
ある容器を思い浮かべてほしい。ガラス製でも陶器製でも金属製でも何でもいい。とにかく小さな豆が大量に入っている容器である。そして、その容器をガシャンと横に倒したところを想像してみよう。豆が大量にこぼれてきて、四方八方に散らばっていく。そして、一度散らばってしまった豆を拾い集めてくるのは困難を極める。さらに、それを再び容器に戻すことなど、ほぼ不可能だろう。
この構図は、秘密をばらす時とよく似ている。秘密は、一度ばらしてしまうと、ものすごい勢いで広まっていく。それを再び収集して元通りにすることは、ほぼ不可能である。
この「豆をこぼした時に起こる現象」と「秘密をばらした時に起こる現象」を一対一対応させると、spill the beans「秘密をばらす」というイディオムが完成する。
イディオムの特徴として、その表現を構成する一つ一つの要素(ここでは動詞spill 「~をこぼす」と名詞the beans「豆」)から全体の意味が予測しにくい点が挙げられる。確かに、spill「~をこぼす」とthe beans「豆」からだけでは、「秘密をばらす」という全体の意味が予測しにくい。
だが、それもそのはずで、spill the beans という表現は、「豆をこぼす」という行為全体が、行為の過程ともたらす結果の面で、「秘密をばらす」という行為に似ているから、比喩的に「秘密をばらす」という意味で解釈されているだけで、spill「こぼす」やbeans「豆」単体が「秘密」や「ばらす」に似ているわけではない。行為全体が似ているから比喩的な意味が出てきただけである。
また、イディオムの特徴として、似ている単で要素の代用ができないことが挙げられる。
例えば、the beans の代わりにthe coffee beans「コーヒー豆」を使って、
Spill the coffee beansと言うと、文字通り「コーヒー豆をこぼす」という意味に解釈され、イディオムとしての意味「秘密をばらす」では解釈されなくなる。
Soy beans「大豆」にしても同じである。
Spill the soy beansというと、やはり文字通り「大豆をこぼす」という意味になり、「秘密をばらす」という文字通りの意味に解釈されなくなる。
ただ、こういった現象はある意味当たり前で、spill the beans「豆をこぼす」という行為が、もたらす結果やその過程の面で、「秘密をばらす」という行為に似ているので、spill the beans全体で一種の比喩表現として働いているのである。だからこそ、spill the beansというフレーズを構成する要素を変えるわけにはいかないのだ。
2)奇妙な現象
Spill the beansのような{動詞ー目的語}タイプのイディオムは認知言語学的なアプローチだけで対応可能であった。しかし、{主語―動詞―目的語}タイプはそうはいかない。
All hell breaks looseというイディオムがある。意味としては「状況などが(いきなり)修羅場になる」である。この表現はやはりイディオムというだけあって、似ている単語で要素を代用することができない。例えば、hell「地獄」の代わりにpandemonium「煉獄」を使って、* All pandemonium breaks loose とは言えない。言えたとしても文字通りの意味として解釈される。
しかし、以下のようには言える。
All hell broke loose. 「修羅場になった」
All hell has broken loose. 「修羅場になってしまった」
All hell will break loose. 「修羅場になるだろう」
All hell is breaking loose. 「修羅場になっている」
これらの文は全て、all hell breaks looseの時制の部分だけを変えた表現である。イディオムとは、一つの決まりきった表現であり、中の要素を変えることができないはずである。先ほども、spill the beansのbeansの部分をcoffee beansに変え、spill the coffee beansにすると、「秘密をばらす」というイディオムとしての意味を失い、文字通り「コーヒー豆をこぼす」という意味になった。
しかし、all hell breaks looseのような、{主語―動詞―目的語}タイプのイディオムは、使う時制を変幻自在に変えることができるのだ。主語all hellと動詞breakの間にwillを挟もうがhasを挟もうが、is を挟んで現在進行形にしようが、できた表現は全てイディオムとして解釈される。つまり、時制は何を使ってもいいのだ。ここから導き出せる結論は、時制はイディオムの外の要素であるということだ。つまり[ all hell break loose]というイディオムの外に時制が存在していることになる。
3)VP Internal Subject Hypothesis (VP内主語仮説)
抽象的に、時制は[ all hell break loose ]というフレーズの外側にあるとは言ってみたものの、これでは具体性に欠ける。では、時制は具体的にどこにあるのか調べてみようではないか。ということで、実際にall hell will break looseを作ってみよう。
まず、動詞breakと形容詞looseをMergeしてV-bar [ break loose ]を作る。これをあらかじめ作っておいた[ all hell ]とMergeさせる。すると、VP [ all hell break loose ]ができる。ここまでが動詞句である。
ただ、こうしてできた動詞句VP [ all hell break loose ]には時制が無い。ただ抽象的に「修羅場になる」と言っているだけで、もう修羅場になってしまったのか、これから修羅場になるのか、それとも習慣的にいつも修羅場になるのか、はたまた今まさに修羅場になっているところなのかが全く分からない。そこで、時制をつけてみたい。
時制をつける場合、例えば未来を表すwillを使うには、時制要素willを既に作ってあるVP [ all hell break loose ]とMergeさせる。こうしてT-bar [ will all hell break loose ]ができる。ただ、willにはEPP featureという、主語を自分の直前に置くことを要求するという特徴がある。
この要請に応えるため、T-bar [ will all hell break loose ]から、all hellを取り出してくる。すると、all hellが元々あった位置に、all hellの抜け殻のようなものが残る。専門的にはコピーというのだが、抜け殻というイメージで結構だ。そうして、取り出してきたall hellと、既に作ってあるT-bar [ will all hell break loose ]をMergeすると、TP [ all hell will all hell break loose]ができる。All hellの抜け殻の部分は、発音する時読み上げられないので、このTPを読み上げると、all hell will break looseとなる。
以上考察してきて分かったのが、動詞句(VP)[ all hell break loose ]でイディオムとしての一塊になっている点だ。ここに時制要素(Tense/T)であるwill やhasや-ed等をつけて、VPの指定部にあった主語をTPの指定部まで移動させてくるわけである。だからこそ、VP[ all hell break loose ]という塊を保ったまま、時制に何を使ってもよいという現象が起こる。
このようにVP内に主語が生じている点は、以前の記事で解説したVP内主語仮説に従っている。VP(動詞句)というものが[specifier- head – complement]という一つのつながりになって生じており、specifierの部分が主語、headの部分が動詞、complementの部分が目的語になっている場合がほとんどだ。このVPをcomplementとして、TP [specifier – head – complement(VP) ]が生じる。TPのhead Tとは、willやhas等いわゆる助動詞や、-edや-s等である。元々VPのspecifierの位置にあった主語を、TPのspecifierの位置に移動させてくるというのがVP内主語仮説(VP Internal Subject Hypothesis)である。
4)さらなる疑問を解消していく
生成文法の知見によって、イディオムのさらなる疑問を解消していくことができる。
イディオムには、spill the beansのような、{動詞―目的語}タイプと、all the hell broke loose のような{主語―動詞―目的語}タイプが多い。
{動詞―目的語}タイプのイディオムは、主語と時制を自由に決めることができる。
例えば、
He spilled the beans.
I will spill the beans.
Mary has soiled the beans.
等、主語に何を使ってもイディオムとしての意味を失わない。もちろん時制は何を使ってもよい。
{主語―動詞―目的語}タイプのイディオムは、時制を自由に変えることができる。
例えば、
All hell broke loose.
All hell will break loose.
等である。時制に何を使っても、イディオムとしての意味が失われることはない。
このような、{動詞―目的語}タイプと{主語―動詞―目的語}タイプのイディオムが多く存在する一方で、{主語―動詞}だけ固定で目的語に何を使ってもいいというタイプのイディオムは少ない。なぜそうなっているのか、生成文法の知見を使って説明することができる。
Spill the beans を作る場合、まずtheとbeansをMergeさせ、[ the beans]を作る。動詞spillとこうして作った[ the beans]をMergeし、V-bar[ spill the beans ]を作る。V-bar [spill the beans ]は一つの要素なので、これと任意の主語をMergeして、VPを作る。この場合は、主語にheを用いたとしよう。すると、heとV-bar[ spill the beans ]をMergeして、VP [ he spill the beans ]を作る。V-bar [spill the beans]が一つのかたまりであることがポイントだ。これと任意の主語がMergeして、VP[X spill the beans ]ができるのだ。
こうしてできたVP [ he spill the beans ]には時制が無い。現在なのか未来なのか過去なのか全く分からない。ただ抽象的に「秘密をばらす」と言っているだけなのだ。そこで、この表現に時制をつけたい。
そこで、T/tense であるwillをVP [ he spill the beans ]にMergeさせる。するとT-bar [will he spill the beans ]が完成する。T-willはEPP featureという、自身の前(Tのspecifier)の位置に主語を要求する性質を持っている。これを満たすために、T-bar [ will he spill the beans ]から、heを抜き出す。すると、heがもともとあった場所にheの抜け殻のようなものが残る。こうして取り出したheとT-bar[will he spill the beans ]をMergesして、TP [he will he spill the beans ]を作る。抜け殻の部分は発音されない。
このように、イディオムspill the beansを使った文を作るところを紹介したが、[spill the beans]を真っ先に作り、さらにこれがV-barという一つの要素になっているので、要素の交換が不可能なのである。一方、主語はV-bar [spill the beans ]にMergeされる要素なので、自由に決めることができるのだ。時制はさらに外側なので、もちろん自由に決めることができる。
All hell broke loose等の{主語―動詞―目的語}タイプも同様にして作ることはすでに述べた通りである。時制要素T/tenseがVP[all hell break loose ]の外側にあるから、自由に時制を決められるのだ。
今まで見てきたように、生成文法で文を作る際、{動詞―目的語}から先にMergeし、そうしてできた{動詞―目的語}という塊を次に主語とMergeさせるからこそ、{動詞―目的語}タイプのイディオムが多い一方で、{主語―動詞}タイプで目的語を自由に決められるタイプのイディオムは少ないのである。
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