外国語習得に関する言語学者の回答が残酷すぎる

1 言語学者の結論

こんにちは、京都大学で言語学を研究しているヒロアキと申す者です。先日、以下のようなツイートをしました。

この tweet は David Crystal という世界的な言語学者の著作に基づいています。

(書誌情報:Crystal, D. (2003) English as a Global Language. 2nd edition. Cambridge: Cambridge University Press.)

Crystal によると、学問とビジネスの世界では英語が世界共通語になっているそうです。僕はビジネスに関してはよく分かりませんが、学問については彼の言う通りでしょう。

僕は生成文法という分野を勉強しているのですが、教科書も論文も全て英語でしか手に入りません。生成文法に関する限り、世界中の学者が英語で勉強し、英語で成果を発表しています。つまり、英語で論文や著作を執筆しています。

僕もその例外ではなく、英語で書かれた本や論文で勉強し、論文やレポートを全て英語で執筆しています。

こうした現象は生成文法に限らず、自然科学の分野で顕著なようです。だとすれば、英語を母語とする人が極めて有利な立場にあり、逆に英語を母語としない(我々のような)人々が相当不利な立場にあると言えます。(僕はそう思いませんが、David Crystal はそう考えています。)

David Crystal によると、この状況を打開する方法はあります。それは、幼少期から英語をやることです

これを読んで皆さんどう思いましたか。僕はもう30歳に近い「おじさん」側の人間ですが、はっきり言って幻滅しました

だって、30歳くらいの人間がこれを知って「俺も頑張るぞ」とは思わないでしょう。しかし、David Crystal の言っていることは正しいのです。

ありとあらゆる言語習得に関する著作に書いてあることですが、人間は母語と外国語を別のメカニズムで習得しているようです。その違いはどこから生まれてくるのかと言えば、ひとえに年齢です

人間はある年齢以下で触れた言語を母語として習得する能力が備わっているようです。この年齢を「臨界期(critical period )」と呼びます。

つまり、言語を母語として身につけるにはこの「臨界期(critical period)」以前にやり始める必要があります。

「臨界期」が具体的にいつなのかは学者によって意見が分かれるところでが、ここでは「10歳くらい」としておきます。

すると、その年齢以前に英語に触れた人たちは母語を身につけるのと似たようなプロセスで英語を習得可能です。もちろん母語話者でも高校~大学で身につけるような難しい語彙は10歳くらいで身につくはずもありませんが、流暢さと発音は身につくはずです。

2 外国語習得の才能

さて、問題は僕のような19歳で英語をやり始めたタイプです。このタイプの行く末を決めるのは才能のようです。

これはケンブリッジが出している外国語習得論の本に載っている論文を参考にしたツイートです。

(書誌情報:Schwieter, J. W. and Benati, A. (eds.) (2019) The Cambridge Handbook of Language Learning. Cambridge: Cambridge University Press.)

この本によれば、外国語習得における臨界期(10歳くらい)までは言語を母語として習得できるとされています。なのでこの時期は「才能が無関係」な時期です。一方、10代後半になってくると人間は母語のように言語を習得できないようになっっていくそうです。

その時じわじわ効いてくるのが才能です。

上述の本で紹介されている調査があります。ハンガリーからアメリカ合衆国に移住して20年以上のグループを調査したところ、13歳以下で移住した人たちのほとんどが英語を母語レベルでできるようになっていたそうです。しかし、13歳以上で移住した人グループの内、ネイティブレベルで英語ができるようになっていた人は0人でした。

ここまでは他の調査でも似たようなことが既に分かっていたので、特に目新しいことはありません。この調査が面白かったのはむしろここからです。

この調査では13歳以降にアメリカ合衆国に移り住んだグループをより詳しく調べました。すると彼ら(彼女ら)の内、ほんの一握りだけが「ネイティブに近い」レベルの英語能力を有していたことが判明したのです。

彼ら(彼女ら)に共通するものは一体何なのか、研究者たちは必死に探りました。そして研究者が出した結論は以下の通りです。

彼ら(彼女ら)は全員外国語習得の才能がある。

つまり、外国語として英語を習得できたのは外国語習得の才能があるごく一握りの人間だけでした。具体的な才能の中身は以降の研究で深掘りされてきて、今では大分分かってきています。

今分かっている限り、外国語習得の才能を系統別に分類すると以下のようになります。

① 言語分析の才能(文法的な直感:見知らぬ言語の文法を分析する力)

② 音声的な才能 (母語にない音の区別を聞き分ける天性の才覚)

③ 記憶力 (語彙やフレーズを丸暗記する力)

④ 集中力

3 外国語習得の才能:各論

①「言語分析の才能」について:

言語分析の才能が初めて世に知られたのは例のハンガリーからの移民の調査でのことです。

13歳以上でアメリカに移り住んだにもかかわらず英語がかなり上達した人は皆この力を持っていました。この才能があるかどうかの調べ方は以下の通りです。

英語でもハンガリー語でもない第3の言語の正しい文をいくつも被験者に見せました。その後、文法的に間違った文も含んだリストを見せ、間違った文を被験者に指摘させます。すると、ほとんどの人はできないものの、ごく一握りの被験者は文法的に間違った文を全て指摘できたそうなのです。

13歳以降にハンガリーからアメリカに移住して英語ができるようになった人たちは全てこれができました。この能力は鍛えられるものではなく、才能なのだそうです。

②「音声的な才能」について:

音声的な才能とは、母語にない音声を聴き分ける力と言い換えることもできます。例えば、th や l と rの聞き分け等がそれに当てはまるでしょう。

ほとんどの人は母語にない音の区別を聞き分けることができませんが、ごく一握りの人はできるらしいのです。これも生まれ持っての才能に大きく影響を受けるそうです。

③「記憶力」について:

外国語を身につけるためには膨大な数の単語とフレーズを覚えなくてはなりません。amenable とか、zeal とか、take the bull by the horns とかです。記憶力が高い人の方が有利だということは誰でも理解できるはずです。

④ 集中力について:

昔はこれが文法分析の力の元になっていると考えられていましたが、今は別物とされています。そうとは言え、言語を分析するにもフレーズを覚えるにも集中力はあった方がいいので母語習得の才能に入れておきました。

4 まとめ

学問の世界では英語が実質的な世界共通語として君臨してしまっている。すると、英語母話者が有利で、英語を母語としない人たちが不利な立場に置かれていることになる。

言語学者が提唱するこの事態の解決法が「英語を幼少期からやる」である。人間は幼少期に触れた言語を母語として習得する能力があるから、その能力を利用しようということだ。

だが、この解決法は、現在30歳くらいの人たちには無意味である。さらに、5歳くらいの子供が自分の意思で英語を身につける決断をするとも考えられない。よって、この解決法を実行できるかどうかは、子供が生まれ育った環境と、親が持っている情報と経済力に依存していることになる。

また、この「言語を母語としいぇ身につけられる期間」が終わった後に言語を習得しようとすると、その言語をネイティブ並みに習得することは決してできないとされている。

さ等に、「ネイティブに近い」レベルになるかどうかは個人の才能によるらしい。何とも残酷な話である。

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。

1件のコメント

コメントは受け付けていません。