1)全ての根源、merge(併合)
生成文法では、merge(併合)と呼ばれるプロセスを繰り返して文が作られると考えられている。動詞helpと代名詞youをmerge(併合)すると、[help you]というフレーズ(2語以上からなるかたまり・句)が得られる。
興味深いことに、[help you]というフレーズ(句)は、動詞と名詞を組み合わせてできているのに、全体として名詞ではなく、動詞としての性質を持っているようである。
- (a) I can help.
(b) I can [help you].
このように、このフレーズは動詞が出現する場所に出ることができる。一方で、
2) *The [help you] is difficult.
のように、名詞が出現する場所に置くことができない。
この時、[help you]は、動詞句(Verb Phrase)であるという。[VP help you]のように書き表すことができる。これを樹形図で表すと図1のようになる。
先行する動詞helpが[help you]というフレーズ全体の性質を決定しているようである。よって、専門的には、動詞helpがこのフレーズのhead(主要部)であるという言い方をする。主要部(head)にくっつく代名詞youはcomplement(補部)という呼び方をされる。難しいようであるが、主要部(head)とくっつく(merge)要素が補部(complement)なのだ。
抽象的な話になるが、主要部X(head)と補部Y(complement)がくっついて(merge)X句(X Phrase)を作る。この時、主要部が名詞ならば、名詞句(Noun Phrase)ができる。主要部が動詞なら動詞句(Verb Phrase)ができる。主要部か形容詞なら形容詞句(Adjective Phrase)ができる。難しい言い方をしたが、主要部(head)が動詞なのに形容詞句ができるということがないということである。全体の性質は主要部(head)によって決まるのである。図2を参照
2)parameter(パラメーター・変数)とは?
生成文法には、子供の言語獲得のメカニズムを説明しようとしている面もある。生成文法は、なぜ子供はこれほど簡単に母語を獲得できるのかという疑問を解決しようとしてきたのだ。
生成文法が導き出した答えは、binary(二股別れ)とparameter(パラメータ・変数)である。
Binary (二股別れ)とは、先ほどの図1、図2のように、樹形図を書く場合、分かれるべきところは全て二股に分かれるというものである。先ほどのVP(動詞句)help youでも、動詞helpと名詞youという二つの要素から成り立っているので、樹形図が二股に分かれることになる。このように、binary(二股別れ)とは、ありとあらゆる要素が最大2つのより小さな要素から成り立っているという仮説である。この説に従うと、3股や4股に分かれる樹形図はありえないのである。ただし、動詞helpなど、もうこれ以上分解できないところは末端と呼ばれ、樹形図はもう別れることはない。
Parameter(パラメーター・変数)とは、あるフレーズ内で、head(主要部)が先か、complement(補部)が先かを決定するという類のものである。英語の場合は、先ほどの動詞句help youの例でみたように、head(主要部)がcomplement(補部)に先行する。子供は、周りの大人が発する言葉を聞き、「この言語は主要部が補部に先行する」と認識する。興味深いことに、一度パラメータが設定されてしまうと、他の要素でも同様の設定がなされると言われている。どういうことかというと、動詞句で主要部が補部に先行すると、子供の脳内で、「主要部先行」というパラメータのスイッチがオンになる。すると、名詞句でも、形容詞句でも、前置詞句でも、どんな句(フレーズ)であっても、必ず主要部(head)が補部(complement)に先行する。つまり、主要部⇒補部という語順しかとらなくなって、補部⇒主要部というような反対の語順はありえなくなる。
英語は主要部⇒補部の語順の言語である。ゆえに、どんな句(Phrase)であっても主要部が補部に先行すると予想される。動詞句[help you]でも主要部helpが補部youに先行している。前置詞句[to Japan] は、前置詞toが主要部(head)で、名詞Japanが補部(complement)である。ここでも主要部⇒補部という語順が守られている。
では、補部⇒主要部という逆の語順の言語があるのかというと、当然ある。日本語がそのような言語だと言われている。確かに「彼を助ける」という句は、全体として動詞の性質を持っているようだ。
- 私は[助ける]。
- 私は[彼を助ける]。
のように、「彼を助ける」というフレーズが、動詞「助ける」と同じところに出現しうるからそう言えてしまう。
ここで動詞句「彼を助ける」の内部を考察してみると、「彼を」と「助ける」という二つの要素から成り立っていることが分かる。これは、binary(二股別れ)に従っている。動詞句「彼を助ける」全体に動詞としての性質を与えているのは、「彼に」ではなく、動詞「助ける」である。よって「彼に」は補部(complement)で、動詞「助ける」が主要部(head)である。このように、日本語は補部⇒主要部という語順を持っていると考えられる。
余談になるが、「彼を」の部分も代名詞「彼」と助詞「を」という二つの要素に分かれると考えられる。これもやはりbinary(二股別れ)に従っている。(さすがに「彼」も「を」もこれ以上分解できないので、両者は末端であると言える)ここで問題なのが、「彼を」は何句なのかということである。自分は、生成文法の教科書は全て、英語で書かれた物しか読んだことがないので、日本語の統語論は一切やったことがない。よって、無責任な発言になるのだが、「彼を」は、代名詞「彼」が補部(complement)で助詞「を」が主要部(head)の助詞句(?)なのではなかろうか。こう考えると、補部⇒主要部の語順が保てるはずである。
また、主要部⇒補部タイプの言語である英語では[to Japan]のように、前置詞句の場合もやはり、前置詞句の主要部である前置詞toが、補部の名詞Japanに先行している。一方、補部⇒主要部という語順を持つ日本語はどうなるのだろうか。英語to Japanに対応すると考えられる日本語のフレーズは「日本へ」である。この「日本へ」という句の場合、やはり補部である名詞「日本」が主要部である助詞「へ」に先行している。よって、日本語の基本語順補部⇒主要部が「日本へ」という表現でも保たれている。
ここまでの話をまとめると、ありとあらゆる句は、もし分けることができる場合、二つのより小さな要素にしか分かれない(binary・二股仮説)その二つの要素とは、主要部(head)と補部(complement)である。そして、全ての言語が①主要部⇒補部という語順か、②補部⇒主要部という、たった2種類の語順しか持たない(parameter・変数)。子供は、周囲の大人たちの発話から、自分の母語が、主要部⇒補部タイプの言語か、補部⇒主要部タイプの言語かを察知し、自分の脳内のparameterのスイッチを切り替える。例えば、一度parameterのスイッチが、主要部⇒補部タイプにセットされてしまうと、全ての句(Phrase)で、主要部⇒補部という語順になる。つまり、形容詞句でも冠詞句でも動詞句でも名詞句でも、どんな句でも必ず主要部が補部に先行するのだ。
そうすると、子供の言語習得は、parameterのスイッチ選択(①主要部⇒補部と、②補部⇒主要部タイプのたった2択しかない)が鍵になる。これさえ終われば後は語彙をひたすら覚えるだけなのだ。ちなみに、こうしたparameterのスイッチ選択は、最初の思春期(10歳くらい)までに行われないといけないらしい。そのあとは無理とのこと。だからこそ、parameterのセッティングが逆の日本語と英語は、互いの母語話者にとって、外国語としての習得が難しいのだ。悲しい。
3)機能範疇(functional category)
どの言語にも言えることかもしれないが、英語には語彙としての意味が薄く、文法的な機能が濃い単語が存在する。このようなものを機能範疇(functional category)や、単に機能語と呼んだりする。冠詞a, the や、to不定詞のtoなどがその代表と言えよう。
先ほど作った動詞句 [help you]を、to不定詞のtoとくっつけたい。toと[help you]をmergeさせるわけだが、先ほど触れたように、英語は主要部(head)先行型の言語である。よって、[to help you]は、toをhead(主要部)とするフレーズ(句)である。確かに、[to help you]は、toをくっつける前の動詞句[help you]から性質が変わってしまっている。その証拠に、
(a) I can [help you].
(b) *I can [to help you].
というように、[to help you]というフレーズは、動詞が出るところに出現することができない。
問題は、図3のように、[to help you]は何Phraseかということである。
フレーズ全体の性質は主要部(head)のカテゴリーで決まってくるので、toが何というカテゴリーに属するのかが重要になってくる。ここを突き詰めるとかなりややこしくなってくるので、
(a) We believe [the president may have been lying.]
(b) We believe [the president to have been lying.] (Radford 2016: 85)
から、to不定詞のtoは助動詞と同じカテゴリーに属するということにしたい。そのカテゴリーはTenseと呼ばれ、時制を表すとされている。
以上から、[to help you]はTP (Tense Phrase. 時制句)である。図4を参照。
4)headとcomplementの関係
ここで、head(主要部)とcomplement(補部)の関係を少し掘り下げてみたい。動詞句[help you]は、youの部分を変化させて、[help me]や、[help him]など言えてしまう。しかし、[*help I] や[*help he]は不可である。これはなぜだろうか。
生成文法的には、head(主要部)が、どういうものをcomplement(補部)としてとるかを選んでいると考えられている。主要部helpはどんなものでもその補部としてとることができるわけではなく、名詞ならばその目的格(himやme等)しかとることができないと指定されている。
さて、TP [to help you]をwantとmergeさせるとしよう。英語は主要部(head)先行型言語なので、やはり動詞wantがhead(主要部)になる。このwantは、補部として、もちろん名詞句を取ることができるが(I want this computer. )、to不定詞句も取ることができる。
この場合、wantは*I want help you. と言えないことから、wantは明確に補部(complement)に来るものを選んでいる。より厳密には、補部に来るものの主要部(head)を選んでいると考えられる。つまり[to help you]の主要部toを選んでいるのだ。その証拠に、I want [to buy this computer]. 等、wantは他のto 不定詞句も補部として選択可能である。動詞wantはtoというhead(主要部)を持つ句(Phrase)を補部として取ると指定しているのである。Wantそのものは動詞であるから、主要部であるwantと補部である[to help you]をmergeさせてできた句(フレーズ)は、動詞句である。こうして動詞句[want to help you]が完成した。図5を参照。
5)EPP feature (Extended Projection Principle feature)とは
動詞句[want to help you]に時制をつけたい。例えば、過去時制[wanted to help you]にしてみたいとき、どうすればよいだろうか。
生成文法では、Tenseの要素である接辞(affix)-edを動詞句[want to help you]にくっつけて(merge)、[-ed want to help you]を作る。この時、-edはaffix(接辞)なので、適切な単語の直後で発音されなければならない。よって、発音する際は、接尾辞-edを樹形図上で一つ下であるwantの所まで下ろして読まれると考えられている。これは発音の都合でそうなっているだけであって、-edの本当の位置が変わっているわけではない。Affix hopping(接辞移動)と呼ばれる操作である。図6を参照。
もちろん、Tである-ed とVP[want to help you]が結びついた(mergeした) [-ed want to help you]は、T -ed が主要部(head)であり、VP[want to help you]が補部(complement)である。(図6を参照。)これは、先ほど説明したbinary(二股別れ)と、主要部⇒補部型のparameter(変数)に従っている。だとすると、この[-ed want to help you]というフレーズをTPと呼びたくなるが、そうはいかないようである。
今まで見てきたフレーズは、直感的にある意味完結したかたまりであった。例えば、動詞句[help you]も、TP [to help you]も、ある意味完結しているし、それ単独で使っても、あまり違和感がない。
ただし、[-ed want to help you](読まれる際は、wanted to help you)はこれ単独では、完結していないと直感的に分かる。主語が足りていないのだ。T -ed は、主語を要求すると仮定すると、この問題を解決することができる。
ここで重要なのが、主語をどう扱うかである。例えば、I wanted to help you. のように、主語としてIを採用したとしよう。生成文法では、こうしたIはどう扱えばよいのだろうか。もし代名詞Iが主要部だとすると、文全体が代名詞句としての性質を持つことになる。それはおかしい。また、代名詞Iを補部(complement)として考えるのもまずい。[-ed want to help you]はT -ed を主要部とする句である。英語は主要部⇒補部タイプの語順を持つ言語である。よって、T -ed という主要部の前に補部をくっつけるのはおかしい。そもそも、主要部T -ed は、補部(complement)としてVP[want to help you]を既に持っている。そこにさらなる補部をくっつけるのはおかしい。
このような経緯から、specifier(指定部)という要素が誕生した。以下の図7のように、要素Xがhead(主要部)として働いているとしよう。ここにcomplement(補部)としてYをくっつける(mergeする)。そうすると、ここまでならばXP(X Phrase)が誕生していた。こうしてできたXPは、要素Xの性質が受け継がれているから、まるで要素Xがより大きくなっているようなので、XPがXの投射(projection)だと言われている。ただし、今回は、XとYという、主要部と補部をくっつけるだけでは、不完全な投射になってしまった。この時、XとYをくっつけたものは、Xより上位の投射であるという意味を込めて、X-bar「エックスバー」と呼ばれる。(wordでタイプしやすいから)X’と書かれることもあるし、図7のように、Xの上に横線を一本書いてそれを表す場合もある。要するに、「Xより上」という概念を表したいのだ。
このX-barを、今度はspecifier(指定部)と呼ばれる要素Zとくっつける。すると、今度こそXの最大投射XP(もしくは、X-double bar, X’’)が得られる。こうしてできた投射を、X-double barと呼ぶ理由は、この投射がX-barのさらに上位であり、Xの上に横線2本を引いて表していたからである。単にwordでのタイプのしやすさのため、X‘’と書かれることもある。ちなみに、X-barはXの中間投射と呼ばれている。理由は、Xの性質を受け継いでいるものの中で、Xそのものよりは大きいが、X‘’(XP, X-double bar)より小さいからである。
とすれば、[-ed want to help you]はT-bar(Tの中間投射)であり、これを指定部I とくっつけることでTの最大投射TPが得られる。図8を参照。
今回、他の句に指定部はついていないが、それでもそれぞれの句は最大投射である。中間投射とは、指定部(specifier )をつけなければ完成しない場合に用いられる概念であり、そうでなくても完結する句は、全て最大投射だと言われている。
なお、T-ed のように、specifier を義務的に要求する特徴を、EPP feature (Extended Projection Principle feature)と呼んでいる。 extended(拡大された) projection(投射)という意味である。確かに、主要部(head)と補部(complement)だけでできた投射に、さらに3つ目の要素である指定部(specifier)をmerge(くっつける)しているので、普通より大きい投射である。
参考文献)
Radford, A. (1981) Transformational Syntax—A Student’s Guide to Chomsky’s Extended Standard Theory, Cambridge: Cambridge University Press.
Radford, A. (1988) Transformational Grammar – A First course, Cambridge: Cambridge University Press.
Radford, A (1997) Syntactic Theory and the Structure of English – A Minimalist Approach, Cambridge; Cambridge University Press.
Radford, A. (2004) Minimalist Syntax, Cambridge: Cambridge University Press.
Radford, A. (2009) Analyzing English Sentences – a Minimalist Approach, Cambridge: Cambridge University Press.
Radford, A. (2016) Analyzing English Sentences second edition, Cambridge: Cambridge University Press.
Radford, A. (2020) An Introduction to English Sentence Structure second edition, Cambridge: Cambridge University Press.
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