印欧祖語から英語の誕生までを扱った隠れた名著 唐澤一友著『英語のルーツ』春風社

印欧祖語から英語の誕生までを扱った隠れた名著 唐澤一友著『英語のルーツ』春風社

1,この分野を扱っている和書は本当に少ない

 フランス語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ドイツ語、(昔のインドで話されていた)サンスクリット語などは、共通の祖先であるインド・ヨーロッパ祖語と呼ばれる言語からできたとされている。黒海北岸、現在のウクライナに当たる地で話されていたとされる印欧祖語だが、これを話していた民族が、車輪の発明と共にバラバラになっていき、各自で方言を発達させた。こうした方言差が何千年も積もり積もって、現在は別の言語として数えられているものが所謂インド・ヨーロッパ語族である。東はインド、西はヨーロッパまで広く母語として話されているからこう呼ばれている。インド・ヨーロッパ語族には、英語、オランダ語、ノルウェー語等北欧の言語、フランス語、イタリア語、スペイン語等ラテン語から生まれた言語たち、そしてギリシア語、さらにはロシア語や、古代インドで話されていたとされるサンスクリット語が含まれる。

 ここまでは多くの和書で紹介されている内容であるが、この本がすごいのはここからである。インド・ヨーロッパ祖語の文法的特徴を分かりやすい日本語で解説し、それが現在の英語にどのように息づいているのかを丁寧に解説している。Takeの過去形がなぜtookなのか。Foot「足」の複数形がなぜfeetなのか。alwaysのsは一体何なのか。my homeというから名詞のはずのhomeが、go homeという形で使われたとき、なぜto等の前置詞がいらないのか。仮定法とはそもそも何なのか。もっと言うと「法」とは何なのか。I have eaten the fish等の現在完了形ってそもそも何なのか。I ate the fishとどこが違うのか。そして、現在完了形とはどうやってできたのか。様々な疑問に歴史的なアプローチで適切な解答を与えている。素晴らしい書である。

2,でもまだ足りません。

 ここまで詳細に扱った和書は僕が知る中でこれくらいである。ただ、英語で書かれたものは豊富にある。もっと詳細に、そして、もっと分かりやすくこの分野を解説している書は、パッと思いつくだけでいくつもあるが、ここでは2冊紹介しよう。

Brinton, L. J and Arnovick L. K. (2017) The English Language – A linguistic History, Oxford; Oxford University Press.

Mallory, J. P. & Adams. D. Q. (2006) The Oxford Introduction to Proto-Indo-European and the Proto-Indo-European World, Oxford: Oxford University Press.

Brinton, L. J and Arnovick L. K. (2017)は印欧祖語(インド・ヨーロッパ祖語)から現代英語までを詳細に扱った本である。音声学等、法(mood)等、少し学問的な内容もあるが、かなりわかりやすく、詳細に書かれており、多少の背景知識があれば読んで理解できるはずである。大変興味深く、言語学、特に英語史や歴史言語学の入門書としてかなりの量ちゅである。

Mallory, J. P. & Adams. D. Q. (2006)は専ら印欧祖語を扱っている。この学問分野がどうやって発展してきたのかをかなり詳細に解説しており、それだけでも一読に値する。後半の印欧語根単語帳は使う人にとっては興味深いのかもしれない。とにかく、この手の多少難しい分野を分かりやすく、詳細に解説している本としてはかなりすごい方に位置づけられる。

作成者: hiroaki

高校3年の時、模試で英語の成績が全国平均を下回っていた。そのせいか、英語の先生に「寺岡君、英語頑張っている感じなのに(笑)」と言われたこともある。 しかし、なんやかんや多読を6000万語くらい積んだら、ほとんどどんな英語文献にも対処できるようになった。(努力ってすごい) ゆえに、英語文献が読めないという人は全員努力不足ということなので、そういう人たちには、とことん冷たい。(努力を怠ると、それが正直に結果に出る) 今は、Fate Grand Order にはまってしまっていて、FGO 関連の記事が多い。